モモンガの欠席 5
「……くしゅっ」
「風邪ですね」
朝からくしゃみを繰り返していると執事が大慌てで医者を呼びつけて、顔見知りのおじいちゃん先生から、エイミーは風邪だと診断された。
「熱はそれほど高くありませんが、薬を出しておきますから、毎食後それを飲んで今日一日は安静にしていなさい」
「わたし、風邪なんてほとんど引かな――くしゅっ」
「滅多に引かなくても、今日は風邪です」
「でも歌の練習……くしゅっ」
「くしゃみが止まらないのに歌なんて歌えるはずがないでしょう」
おじいちゃん先生はあきれ顔でエイミーの額をぺしっと叩いた。
「ほら、寝ていないと悪化しますよ。学校は今日はお休みしなさい。いいですね?」
「エイミー、先生の言う通りだぞ」
「そうよ、あなたが引くくらいだもの、きっと大変な風邪なのよ」
滅多に風邪を引かないエイミーが風邪を引いたと、両親がエイミーの枕元でおろおろしている。
「いえ、普通の風邪ですよ」
おじいちゃん先生がやれやれと苦笑して、薬の入った袋をスージーに手渡した。
「今日の夜にもう一度様子を見に来ます。一日ベッドから出さないように。お嬢ちゃんは昔からじっとしておくのが苦手なんでね」
「先生、わたしはもう小さな子供じゃ……くしゅっ」
「この状態で歌の練習と言い出すあたり、昔と変わっとらんでしょうが」
そうは言うが、ライオネルがわざわざ時間を割いてくれているのだ。
それでなくとも昨日のエイミーは心ここにあらずで早々に帰宅してしまった。きっとライオネルは怒っているに違いない。だから今日は挽回したかったのに。
「殿下には断りを入れればいい。殿下に風邪をうつすほうが大変だ。エイミー、先生の言う通り今日はおとなしくしておきなさい」
父にまでこう言われては、エイミーは頷くしかない。
口をとがらせて「はい」と返事をすれば、おじいちゃん先生は満足そうな顔で部屋を出て行った。
両親たちも出ていくと、スージーが薬をベッドサイドの棚の上に置いて、エイミーに布団をかける。
「昨日、雨に濡れたからですよ」
「……うん」
エイミーも、そのくらいしか心当たりがなかった。
雨に濡れたくらいで風邪を引くようなやわな体ではないと思っていたが、今回は過信しすぎていたようだ。
「風邪が一瞬で治る魔術があればいいのに……くしゅっ」
「そんなものがあったら医者はいりませんよ」
何を馬鹿なことを言っているんですかとスージーはあきれ顔を浮かべた。
その通りだが、止血の魔術があるのだから、風邪を撃退する魔術があったっていいではないかとエイミーは思う。
「お食事をお持ちしますから、おとなしくしていてくださいね」
スージーがベッドから出るなよと念を押して部屋を出ていくと、エイミーは天井に向かって息を吐き出した。
ずきずきとした胸の痛みは落ち着いたが、風邪のせいなのか何なのか、気分はちっとも盛り上がらない。
(わたしが休んだところで、殿下はちっとも気にならないんでしょうね……)
ライオネルはエイミーのことをよく「モモンガ」と言う。
いっそ、本物のモモンガになれたら、ペットとしてなら可愛がってもらえるだろうか。
そんなことできるはずもないのにと、エイミーは自嘲して、それから「くっしゅっ」と大きなくしゃみを一つした。
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