殿下の唇強奪作戦 2
「絶対別れる絶対別れる絶対に別れてやるあの女ぁ‼」
医務室のベッドの上で、ライオネルは呪いを吐いていた。
「まあまあ、怪我がなくてよかったじゃないですか……ぷぷっ」
医務室に常駐している医師ウォルターは、肩をぷるぷるさせて笑っている。
このウォルターは、ライオネルがフリージア学園に通う二年間の間だけ保険医を務める医師であり、本来はライオネルの侍従だ。
医師免許も持っているウォルターは、基本的に従者や護衛が張り付けない学園内でライオネルを補佐するために、国王の采配で二年間だけ保険医に転職したのである。
「いいわけあるか‼ こんな屈辱はじめてだ‼」
「十一年前も気絶したって聞きましたけど?」
「あの時は五歳だったじゃないか! 今の俺は何歳だ!」
「十六歳ですねえ」
「くそっ」
衆人環視の前で落とし穴に落とされた挙句気絶して医務室に運ばれたなんて、こんな恥辱があるだろうか。
ライオネルはダンッと拳でベッドを殴る。
「ウォルター、俺は決めた。あの女とは絶対に婚約破棄する!」
「いいじゃないですか、エイミー様は可愛らしいと思いますよ?」
「どこがだ‼ あれはモモンガの皮をかぶった悪魔だぞ‼ このままでは俺はいつか殺されるっ」
「そんな大げさな」
「大げさなものかっ」
ライオネルはぐしゃりと髪をかき上げた。
もちろん、今回の件はエイミーの口車に乗せられたライオネルの失態でもある。
何でも言うことを聞くと言われて、勝てばエイミーと別れられると考えた自分が浅はかだった。
(それにしても邪険にしていればいつかあっちから音を上げると思っていたのに、どこまでもしぶといなあいつはっ)
ライオネルは何度も両親である国王夫妻にエイミーとの婚約を解消したいと申し出た。
けれどもエイミーをやたらと気に入っている両親は、頑として首を縦に振らなかったのだ。
つまり、ライオネルがエイミーと別れるには、エイミーの方から婚約を解消したいと訴えさせる必要がある。
(普通の女ならとっくに心が折れているはずなのに、本当に何なんだ!)
これまでライオネルは、無視をしたり邪険にしたりと、あからさまにエイミーが嫌いなのだということを訴え続けてきた。それなのにエイミーにはまったくと言っていいほど効果がない。それどころか日に日にエスカレートしていく一方だ。
エイミーとの結婚は、学園を卒業する二年後に決定している。
つまり別れるならあと二年しか猶予がない。いや、結婚式の準備がはじまってからでは遅いので、猶予は準備がはじまるまでのあと一年だ。
(あと一年、あと一年以内に別れないと俺の人生はお先真っ暗だ……)
ライオネルはまだ笑っているウォルターを横目でにらみつけながら訊ねた。
「おい、女に嫌われる男の特徴を教えてくれ」
「なんですかいきなり」
「いきなりじゃない! 今まで無視しても邪険にしてもダメだったんだ。ならば俺が世の中の女に嫌われるような男になるしかないだろう⁉」
「遠回しに俺は女に好かれるんだって言っているように聞こえてムカつきますが、それはさておいて殿下、本気で女性に嫌われるダメで気持ち悪い男になりたいんですか」
「なんでダメで気持ち悪い男になる必要があるんだ」
「だって嫌われたいんでしょ? 残念ながら身分と顔と頭脳はどうしようできないので、あとは性格を破綻……はまあ今もなかなか破綻していますが、それとあとは気持ち悪い性癖でもくっつけるくらいしか手はないですよ」
「……」
「とりあえず七三分けにして瓶底眼鏡でもかけ、そうですねえ、人形を持ち歩きながら始終その人形に話しかけてみたらどうですか」
「ふざけるな!」
「いやでもそれくらいしないとインパクトが」
「絶対に嫌だ‼」
「じゃあ無理ですからあきらめましょう」
「それも嫌だっ」
「我儘ですねえ」
ウォルターはやれやれと肩をすくめて、ポンッと手を打った。
「じゃあ目には目を歯には歯をってことで、やられたことをやり返してみたら?」
「つまりエイミーを落とし穴に落とせと」
「いえそうじゃなくて。というか女性を落とし穴に落としたらさすがに軽蔑しますよ」
「じゃあなんだ」
「だから、エイミー様が殿下にするように、エイミー様の名前を叫んで抱き着いたらどうですか四六時中。きっとウザがられますよ」
「んなわけあるかそんなものあの変態を喜ばせるだけだ‼」
「そうですか? というか四六時中べったりくっついても喜んでくれるなんて天使じゃないですか」
「もういっそお前がエイミーと結婚したらどうだ⁉ 変人同士気が合うんじゃないか⁉」
うんざりしてきたライオネルは、ベッドに横になると頭からシーツをかぶった。
「まあまあまあまあ」
しかしウォルターがなだめながらすぐにシーツを引きはがす。
「殿下の気持ちはよくわかりましたけど、ダサい格好をするのも気持ち悪い男になるのも嫌なら、あとはもうストレートにエイミー様に『嫌い』だと言い続けるしかないでしょう。態度に出してもだめなら言葉で伝えるしかないじゃないですか」
「そうだが……本当にそれでうまくいくんだろうな。なんたってあいつはモモンガだ。きっと人間じゃない。人間の言葉が通じるのか」
「なに意味のわからないことを言ってるんですか」
「……まあ、それしかないか」
ライオネルは息を吐き出して頷いた。
ウォルターの言う通り、態度で示してわからないなら言葉で言い続けるしかない。
けれど、たまに怒り任せに「お前なんて嫌いだ」と叫ぶことはあるが、改まって嫌いだと言い続けると思うと心が重かった。
(……何と言ってもモモンガだ。あの小動物……傷ついて心臓が止まったりしないだろうな)
これまでも散々無視したり邪険にしたりしてきたが、さすがに言葉で伝えたらあのエイミーでも傷つくのではなかろうか。
エイミーが大きな青い瞳に涙をためる姿を想像すると、どうしてか胸が痛む。
(なんであいつは俺のことが嫌いにならないんだろう)
あちらから嫌いになってくれれば、きっとエイミーも傷つかずに済むのにと、ライオネルはそんなことを考えていた。
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