エイミー・カニングにつける薬なし 3
「心の底から殿下に同情するわ……」
朝から長い思い出話を語り終えたエイミーは、シンシアのあきれ返った声に首をひねった。
エイミーの話が長すぎて、エイミーがライオネルの庭を案内するくだりのあたりで二人は三階の自クラスに到着していた。
「なんでそんな顔をするの? 素敵なお話なのに」
「本気で言ってるの⁉」
「もちろんよ。落とし穴がなければわたしと殿下は婚約することはなかったんですもの」
ライオネルを落とし穴に落とした後、マルソン夫人の悲鳴を聞きつけて邸の中から両親や国王夫妻が駆けつけてきた。
そして落とし穴にはまったライオネルを見て、両親は蒼白になり、逆に国王夫妻は面白がったのだ。
――子供のしたことだ目くじらを立てるな。それに、このくらい元気があった方がいい!
婚約話を必死で辞退しようとする両親に向かって国王は豪快に笑うと、あっさりエイミーとライオネルの婚約をまとめてしまったのである。
だから、落とし穴がなければエイミーはライオネルと婚約できなかったのだ。
「そういう意味では、落とし穴は殿下にとって悪夢そのものね……」
シンシアは額に手を当てて首を大きく横に振った。
「だからどうして悪夢なの?」
「あんたってすごく頭がいいくせに変よね。頭が良すぎるから変なのかしら? きっと人と違う脳を持って生まれたのね」
シンシアはなかなか失礼なことをしみじみと言った。
「それはそうと、一限目は魔術の基礎でしょ。はー、実技って最高よね!」
机に向っての勉強がとにかくダメなシンシアは制服の上に丈の長いローブを羽織る。
魔術の訓練の際は着用するようにと言われているローブだ。
もし魔術訓練でミスがあっても、防御力強化の魔法陣が組み込まれているこのローブを羽織っておけば、ちょっとやそっとでは怪我をしないのである。
「そうだったわ!」
エイミーも慌ててローブを羽織ると、荷物の中から手鏡と櫛を取り出した。
「……何をしてるの?」
「何って身だしなみチェックよ! 魔術の基礎は隣のクラスと合同の授業だもの!」
隣のクラスには、エイミーの愛しい愛しい婚約者ライオネルがいるのである。
エイミーもライオネルも、家庭教師から魔術の基礎どころか上級レベルまで学んでおりすでに習得済みだが、一年生のうちはすべて必須授業なので、習得レベルに関係なく出席が義務づけられている。
エイミーは鏡を見ながらせっせとふわふわの金髪を梳かしてリボンが曲がっていないかをチェックすると、今度は貴族令嬢の間で流行っている「キスしたくなるトゥルントゥルンの唇になれる」と噂のリップバームを手に取った。
せっせと唇にリップバームを塗り込むエイミーに、シンシアが不可解なものを見る目になる。
「授業に行くのに唇をケアする必要がある?」
「殿下がいつわたしの唇にキスしたくなるかわからないじゃない」
「あんたホントにポジティブね……」
リップバームをしっかりしっかり塗り込んでぷるぷるの唇に仕上げると、エイミーは満足して立ち上がる。
「今日は殿下とペアになれるかしら?」
「あんたの魔力量に合わせられるのは、うちと隣のクラスじゃあ殿下くらいなものでしょう? でも、今日はペアを組んでする授業なの?」
「基本防御だって聞いたから間違いなくペアよ!」
「いったいどこで授業の内容を聞いてきたのよ」
「もちろん昨日職員室で聞いてきたのよ!」
「……あんたってすごいわ。いろんな意味で。まあいいわ、行きましょ」
魔術の基礎の実技は校庭で行う。
朝上って来たばかりの階段を下りて下駄箱で靴を履き替えると、エイミーたちは学園の裏手にある校庭へ歩き出した。
――そのとき。
「よっと!」
突如として空からたくさんのテニスボールが落ちてきた。
シンシアがそれに気づく前に、エイミーは上を見上げもせずに防御結界を張ると、テニスボールをすべてはじいてしまう。
そして、もう何も降ってこないことを確認すると防御結界を解き、上を見上げた。
「今日はテニスボールだったわね!」
「……どうしてそう冷静なのかしら?」
シンシアは両手で顔を覆った。
エイミーは転がっていくテニスボールを風の魔術で一か所に集めつつ首を傾げる。
「なにが?」
「だから! どうして冷静なのかって聞いているのよ! 昨日は水、一昨日は花瓶! 先週は画鋲が降ってきたのよ⁉」
「面白いわよねー」
「面白いわけあるか‼ どう考えてもあんたが狙われてるのよ⁉ いい加減先生に相談しなさいよ!」
「でも、実害ないから」
シンシアの言う通り、何者かがエイミーの頭上にものを落としているのは間違いないだろう。
しかし今のところ、エイミーの頭にぶつかる前にすべて結界ではじいて防御しているので、エイミーは傷一つ負っていない。
「ちょっとした悪戯でしょ? ……は! もしかして、わたしのことが好きな誰かが、わたしの気を引こうとしてやっているのかしら?」
「あんたが好きな人間があんたの頭の上に画鋲とか花瓶を落とすと思う⁉」
「思うわ! そうして、『ごめん、手が滑ったんだ』って駆けつけてくるのよ。出会いを演出するにはもってこいね! でもわたしのは殿下がいるし……残念だけど、当たったら痛いから、わざと怪我はしてあげられないわ」
「信じられない……」
「本当よね。わたしって実はモテるのかしら? 殿下、やきもち焼いてくれると思う?」
「思わないわ。それよりも頭の構造を心配されるんじゃないかしら……」
「心配してくれるの? 最高ね‼ わたし、殿下に心配されたことはまだ一度もないの! わたし、殿下に心配されたいわ!」
「…………つける薬なしってこのことね」
シンシアはやれやれと息を吐いて、うっとりと「殿下が心配……」と妄想にトリップしはじめたエイミーの手を掴んで歩き出した。
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