エイミー・カニングにつける薬なし 1

「おはようエイミー! ちょっと聞いたわよ。昨日の放課後、あんたまた殿下と痴話喧嘩をしていたんですって?」


 朝、正門の前でカニング侯爵家の馬車を降りたエイミーは、後ろから走って来た伯爵令嬢の友人シンシア・モリーンを振り返って、ポッと頬を染めた。


「痴話喧嘩……素敵な響き……」

「あーもうホントあんたの頭ん中って花畑でも詰まっているのかしら」


 痴話喧嘩という単語に反応してうっとりしはじめたエイミーにシンシアはすっかりあきれ顔だ。

 フリージア学園に入学したあとでできたこの友人がどうしてそんな顔をするのかがわからず、エイミーは背の高いシンシアを見上げて首をひねる。


 小柄で、ライオネルにたまに「モモンガ」と呼ばれるエイミーと違って、シンシアはすらりと背の高い、一見知的な美人である。

 まっすぐな栗色の髪に焦げ茶色の瞳。長い手足はカモシカのように細い。そのくせ出るところは出ている羨ましい体型だ。


 このシンシア。外見こそ知的だが、実は勉強が全然だめで、入学直後の学力テストでひどい点を取り、入学早々放課後に追試まで受けさせられたちょっと残念な子でもある。

 代わりにスポーツは万能なのだが、フリージア学園はスポーツさえできれば卒業できるほど甘い学校ではない。貴族学園なので出席していれば卒業できるくらいのゆるい学校だと思われるかもしれないが、この学園はきっちりと成績も要求してくるのだ。


 そんなシンシアと同じクラスで隣の席になったエイミーは三週間ほど前に、彼女が授業中に教師に当てられて困っていたところをさりげなく助けた。その縁で今ではすっかり仲良しというわけだ。


 入試で主席を取り、入学式の挨拶までして一学年生の尊敬と羨望を集めたエイミーだったが、彼女への周囲の羨望は一夜も待たずして瓦解していた。なぜなら入学初日からエイミーはライオネルを追いかけまわしていたからだ。

 入学から一か月たった現在では、すっかり学園の奇人扱いである。

 ゆえに、エイミーと本当の意味で仲良くしてくれる友人は、この学園ではシンシアしかいない。


「それはそうと、昨日殿下が意味不明なことを叫んでいたって聞いたんだけど。……ええっと、そう、落とし穴よ。あんたに落とし穴に落とされたって、いったいどういうこと?」

「ああ、それ!」


 エイミーは途端に嬉しそうに破顔した。

 逆にシンシアは怪訝そうになる。


「なんで嬉しそうなの?」

「だって、殿下との縁は落とし穴が運んできてくれたんだもの!」

「はあ?」


 ますます訝るシンシアに気づきもせず、エイミーは胸の前で両手を組むと、うっかりと五月の高い空を見上げた。


「あれはわたしが五歳の時のことよ……!」



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