『クロンダイク』の秘密

 時は夕暮れ、ファントムウッズの市街地の中を一陣の風が吹き抜け、街路樹を揺らす。

 アレックスとメディエットの二人は、市街の中心へ向け、必死で走っていた。背後から聞こえるのは、自らの足跡と息遣いだけ。

 静寂。それがこの場に最も似つかわしい言葉だろう。普段ならば、子供たちの笑い声やゴムボールが地面を打つ音で賑わうはずの市街の大通りが、今はただの無機質な道と化していた。

 アレックスは、走りながらも並木道から見える、閉ざされた民家に視線を伸ばす。

 「ジョーカー」騒ぎから六日。連日連夜の襲撃で、死者の数は増加を続け、五十に迫る勢いだ。夕暮れ時の外出者は皆無。その事実は市長であるアレックスにとって恐怖でしかなかった。何も聞こえないこの沈黙、それは、市民の怒りと不満の裏返しにほかならない。その不満の爆弾がいつ爆発するかわからない緊張感に、幼い少年の心臓は張り裂けそうだったのだ。

 事態の収拾、おそらく今夜が山場になるだろう。だが問題はやはり。マジェスフィアの性質か。

 ――相手が一人ならばこんな複雑なことにならなかったのに。とアレックスは心の中でつぶやく。

 彼らにとって災厄の始まりだったのは、凄腕の機士であるトールを『ディ・アブロ』を操る術者に奪われてしまったことだ。この予期せぬ現実は、メディエットにとっても予想外の困難をもたらしていた。特に、メディエットの持つ翼剣が当たらなかったことは衝撃だった。どれだけ正面から切り込もうとも、トールに太刀筋は逸れ、代わりに超重量の鉄塊が降ってきた。

 身体に触れた瞬間、トールの両手に持つ『クロンダイク』のトリガーを引かれれば、乳白色の幼い身体は粉々になり、大通りに陥没してしまうだろう。

 外に出て術者の捜索を再開できたことは良かったが、トールのマジェスフィアをどう攻略するか、その算段は一切立っていなかったのだ。


「アレックス……。知っていたら教えてほしいんだ?」

 走りながらメディエットが言った。

「えっ?」

「機士でもないお前に、こんな話をするのはおかしいとは思うが。おまえは、トールと付き合いが長かったのだろ?」

「ええ、まぁ。それなりには」

 アレックスは素っ気なく返した。

「トールの持つマジェスフィア、『クロンダイク』と言ったか。私の翼剣が跳ね返される。あのマジェスフィアを攻略しなければ私は奴に勝てない」

 アレックスは一瞬考え込むそぶりを見せた後、口を開いた。

「半魔法防御。そんな言葉を聞いたことないですか? そんな難しい話じゃないですよ」

「半魔法? なんだ、それは?」

 メディエットの顔に疑問符が浮かび、アレックスは深いため息をついた。

「いいですか、メディエット。普通に考えてみてください。『クロンダイク』によって作り出された魔法は、地面に打ち込むことで雷を落とします。その近くに『クロンダイク』を持つ人、この場合だとトールさんがいますよね。そのままじゃ危なくないですか? 自分の近くに雷が落ちたらそれこそ死んでしまいますよ」

 メディエットは、真意がつかめずにいた。

「だから、そういった『マジェスフィア』には、須らく魔法を反射する防壁を作り出すための、別のマジェスフィアが組み込まれているんですよ」

「ほう……」

「メディエットの翼剣は、その時に作り出された防壁に弾かれたんじゃないですかね。そして、防壁を作らなければ、雷のマジェスフィアは起動しないんです。いわゆる安全装置というやつですね」

 完璧な回答にメディエットは目を丸くした。最初は何の冗談かと思ったが、なるほど、市長を任されるだけのことはあるようだ。

「つまり。『ダブル・ダウン』を起動しなければいいということだな」

「えぇ。その通りです。でもこれ、機士の中では、常識だと思っていたんですけど」

「あぁ、そうだ。もちろん常識だ。むろん……。知っていたさ」

「本当ですかねぇ……。先輩みんな死んじゃって、教えてくれる人いなかったんじゃないですかねぇ」

「……そんなことはないさ」

 少々裏返るメディエットの声に、アレックスは小さく溜息をついた。


 トールの攻略法を求め話を続ける2人だったが、丁度トールが雷を放った事件現場が迫る中で、足をとめた。その場所は破壊と混乱の跡が色濃く残り、まるで戦場のような光景が広がっていた。道端に散らばる瓦礫、焼け焦げた木々、壊れた窓ガラス。その一つ一つが悲惨な惨状を物語っていた。

 ――たしか。

 メディエットは昼間のことを思い出していた。確か私の後ろには、アレックス、リリー、そしてベイカーが居たはずだ。アレックスはともかくメディエットは他の2人が気になったのだ。

「アレックス、お前は大通りで最後までベイカーと一緒に居たな。本来は私を追って来たのだが……。今どこに居るかわかるか?」

 犯人。メディエットはある男に目星を付けている。それは、一連の事件に関わった男ベイカーだ。彼の不可解な行動は事件の主犯か、或いはその近辺に関わりがあると推察するに十分な材料と思えたからだ。

「ああ、それなら。病院だと思います。瓦礫が直撃してベイカーさん、重傷でしたから」

「ほんとうか!?」

 アレックスの言葉は不意な衝撃でしかなかった。メディエットは意外な状況に呆然と黙りこみ、一人考えるような素振りを見せる。

 ――私の感が外れたのか……。犯人じゃなかったのか? なぜ『クロンダイク』の雷撃に巻き込まれている……。

「メディエット。ベイカーさんの所へ行くんですよね?」

「あぁ……。そうだな……」

 メディエットの返事はどこか遠く、消え入りそうな小さな声だった。

「どうしたんですか? いつになく難しい顔しちゃって……」

 メディエットは頭の中が濃霧に覆われている感覚にとらわれていた。今ままでの確信が消失していくのを感じていたのだ。だが、だからといって、ベイカー以外の手掛かりはないのだ。

「まぁ……。話だけでも聞いてみるか」

 仕方なく、メディエットは病院へ向けて歩き始める。そんなメディエットをみて。アレックスは声をかける。自身は別の道を歩まねばならないからだ。

「メディエット。僕はいったん公邸に戻ります。リリーに頼んでいた資料があるんですよ。それを確認したら病院へ向かいますから――」

 アレックスはそう言って、市街の病院へ向かうメディエットに手を振った。

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