決意

 ――都市郊外――


 本来その場所に佇んでいた旧刑務所へと繋がる煉瓦造りの建物は『クロンダイク』による破壊にの力の影響だろう。家屋全体の綺麗な垂直落下とともに、荒野へ小山をきずく結果となった。

 そんな赤色に山積みになった瓦礫の中から一本の細い腕が青い空へ向け突き出す。まるで墓標の中から死者が蘇るように。

「思いのほか迷ったな、アレックス」

「囚人じゃあるまいし。刑務所の内部構造なんて正確に把握しているわけ無いじゃないですか」

「まぁ、ひとまず脱獄成功だ!!」

「うぇっ……。脱獄って……。縁起でもない。やめてくださいよ」

「ハハハハハッ。そうか、そういえばお前は市長だったな」

「そうですよ。こう見えて僕、市長なんです。そんな管理の甘い刑務所を作ったら、市民から批判の声が上がっちゃいますよ」

 そう話す二人の声は、疲労の蓄積により、しゃがれていた。


 旧刑務所の独房は最深部にあった。むろん地上に続く通路は崩れ落ちた瓦礫に覆われていたために、一切の明かりが差し込まない地下通路は暗黒の迷路と化していた。それに加えて、密封された通路の湿度は凄まじく、歩く度にナメクジが這うような嫌な感触に襲われる。

 そんな、苛烈な迷宮を彷徨う二人が外に出られたのは『ダブル・ダウン』の刀身から発せられた青白い微光が松明の代わりになったからだった。加えて『ダブル・ダウン』は何でも切り裂くことのできる魔法の剣だ、たとえ地上へ繋る階段が巨大な瓦礫に覆われていようとも、『両断』するという能力の前では霞に等しかった。


「トールさんはいますか?」

 旧刑務所へ繋がる階段の段差に身を潜めつつ、アレックスは問いかける。

「大丈夫だ。彼の体躯なら、こんな状況では隠れられない」

アレックスは段差から少し頭を出し、周囲を慎重に見渡した。そして、メディエットの言葉にすぐさま頷いた。

 かつては三棟の廃墟が立ち並んでいた場所には瓦礫の小山以外、何も残っていなかったのだ。それは、『クロンダイク』の驚異的な破壊の力により作り出された光景であり、今はそれが有難かった。

 メディエットはその光景に一瞥をくれると、青空をぼんやりとした眼差しで見上げる。

 目先の危機が過ぎ去り、しっとりとした安堵がメディエットの繊細な肩にふわりと降り落ちた。それは、彼女の身体が危険な舞台から一時的に引き揚げられたことを示す喜びのひとつだった。

 しかし、その鋭い瞳はまだ闘志を湛え、打倒さねばならない強敵の存在を確実に捉えていた。

「アレックス、怪人『ジョーカー』の噂は、知っているか?」

「それを知らずに僕の街に来る人なんていないですよ。みんな死者と踊る道化師だとかいってさぁ。あれ、大迷惑なんですから」

「そうなのか?」

「考えても見てくださいよ。その噂を聞いて、本当に『ジョーカー』が出没すると信じる人達が集まるんです。そして、一部の人達が好奇心からジョーカーを探し始める。でも『ジョーカー』なんてどこにもいない。結果、彼らは荒れるんですよ!! 生き別れたた家族との再会なんて果たせない。都合の良い話なんてあるわけないって。幽霊に会いたい人達にとっては些細な希望かもしれないですけどね。その噂のせいで、普通の人が寄り付かないんです。僕はファントムウッズを普通の観光都市にしたいんですよ!!」

アレックスの熱弁にメディエットは少し驚いた顔を見せた。

「『ジョーカー』なんていないんです。あてにするだけ無駄ですよ――」

「――いやっ、そんなことはない」

メディエットはアレックスの言葉を遮った。そして、言葉を続ける。

「私は本物に一度だけ会った事がる」

「……本物!?」

「グリドリバーでの事だった。それが夢なのか、熱気の作り出した幻なのかはわからない。奴は青い炎の牢獄に捕らわれた私を庇いながら、名乗ったんだ『ジョーカー』と。直後、死んだはずの仲間達が幻影として私の前に現れた……。彼が助けてくれなければ、私はグリードリバーで仲間達と一緒に息絶えていただろう」

「それ、ほんとうですか?」

「あぁ、本当だとも。『ジョーカー』はトールのような巨漢だったが。どうやらトールではないらしい」

 メディエットのその言葉をきいて、アレックスは何となく気まずさを感じ、ゆっくりとメディエットから視線をそらした。

「だから、許せないんだ。グリードリバーの恩人を騙る悪党を!! 絶対に術者の正体を突き止めてやる!!」

 メディエットは語気を強め、その手に握られた翼剣を虚空に向けて構えた。その動きは抑えきれない怒りが感じられた。

「どうしたんですかメディエット。マジェスフィアなんか構えちゃって」

「もう一本の翼剣を探す。トールと戦っていた時に投げ飛ばしたんだが、どうやら瓦礫に埋もれているようだ」

 そう言ってメディエットは、翼剣のグリップを強く握った。グリップを握る事により、翼剣のトリガーは押され、水晶壁の刀身は青白く綺麗な輝きを放ち始める。そして、地面に反射する蒼天の光に呼応するかのように、ガツン、ガツンという金属がぶつかる音が鳴り響いた。

 アレックスは直感的に、その音の発生源へ視線を向ける。直後、アレックスの視界の先。小さく積まれた瓦礫の山が、まるで流砂に飲まれるように、音を立てて崩れ始めたのだ。

「えっ、なに、なにッ!! トールさん地面に潜ってた!!」

「違う。『ダブル・ダウン』だ。翼剣の魔力がもう片方に伝わったんだ」

「へぇ、便利なんですね……」

「行くぞ」 

 瓦礫が散乱し、地面が凹凸でいびつな形状を描いている場所を、二人はウサギが軽快に草原を跳ねるかのように進む。彼らの目指す先は、流砂に呑まれたように地面が陥没し、異様な風景を描いている中心部だった。その場所に足を踏み入れるとメディエットは、地面に半分沈んでいた翼剣をゆっくりと引き抜き、翼と柄の接続部分から優雅に折りたたんだ。そして、二本の翼剣をホルスターにひとつひとつ丁寧に収めると、その中から一つをアレックスに静かに差し出した。

 アレックスはその行動の意味が分からなかった。未だ疑問符を浮かべるアレックスをみて、メディエットが口を開く。

「この片翼は、お前に預けようと思うんだ」

「どうしてですか?」

「市街にはまだトールとは別の動く死体が潜んでいるかもしれない。それに、またトールに遭遇したらお前達を守り切れる自信が無い……」

 弱々しく言葉を発するメディエット。彼女の視線は地面を見つめ、その中には確かな悔しさが秘められていた。

 メディエットは静かにアレックスに伝えていたのだ、「自分の身は自分で守ってくれ」と。

 アレックスは、その気持ちを汲み取ると、メディエットから翼剣を受け取った。その直後。

「ヒッ――!!」

 アレックスは肩に力を入れて翼剣を受け取ったのだが、その動作に反して、翼剣を持つ手は地面へと突き刺さるように沈んでいった。子供の腕力には、その翼剣は予想以上に重く感じられたのだ。アレックスはこんなものを持つのかと少し青ざめた表情でメディエットを見つめる。視界に入るメディエットの姿は、厳しい痛みに顔を歪めながら、左手で右肩を支えていた。

「どうした? アレックス……。置いていくぞ」

 それはアレックスが言おうとした言葉だった。メディエットのケガの具合は相当悪いのだろう。気遣うように「どうしたの?」と尋ねたかったが、状況が刻一刻と悪化していることを考えると、アレックスは仕方なく、その言葉を飲み込んだ。

 それだけではない。掌に重くのしかかる翼剣の重量が耐え難かったのだ。

「……。メディエットさぁ。これ何キロあるの」

「たかだか、10キロ程度だ。女性の私が持てるんだ。歳の差があるとはいえ、男であるお前が、持てないわけないだろう?」

 アレックスは重量を聞いて鉛の様にへばり付く翼剣を二度見した。確かに刀身は水晶で作られていたが、こんなにも重いものだとは思わなかった。確かメディエットは軽々と振っていたはずだ。そうだ、どういう理屈かわからないが、機士というのはみんな異様な身体能力をもっているのだ。

「行くぞ……」

「あぁ、ちょっと待ってよ! こんな場所で置いてかないで!!」

 アレックスは、翼剣が収められたホルスターを自身のベルトにしっかりとセットした後、意を決して立ち上がった。前方に広がるのは流砂のように滑る急斜面で、その先にはメディエットの遠ざかっていく後姿があった。アレックスは追いかけるように急斜面を駆け登ったが、翼剣の重さは子供の体躯には厳しく、腰を引っ張られる感覚と共に、アレックスは二度、斜面を転げ落ちたのだった。

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