睨みあう二人
馬車の中は、ロウソクの炎が薄暗い室内でユラユラと揺れるように、リズミカルに動き続けていた。突然の突き上げやガタガタという揺れが乗り物酔いを誘う中、馬車の足音は山道の土を確実に踏みしめ、石を蹴散らしながら道を進んでいった。その音が馬車内部にまで響き渡り、ほとんど眠っていたメディエットの目をぱっと開かせた。
「機士さん眠そうですねぇ」
心配する視線をメディエットへ向け、リリーがそう呟いた。
「すまない。昨日は夜遅くまで調査資料を読んでいたんだ、それに今朝も支部長から早々に声がかかってな」
「へぇ。酒場の時とは違って、真面目なところもあるんですね」
アレックスが皮肉交じりに言った。
しかしメディエットはそんな皮肉など意に返さず、再びうたたねをするように目を閉じた。それは彼女が考え事をしたいからだ。この街に来てから、理解できないことが立て続けに起きている。街を闊歩する死者、その存在を説明する『マジェスフィア』の能力をメディエットはまだ知らない。しかし、それについては後でランディス支部長が詳しく説明してくれることだろう。
それよりもおかしいのは、目の前に座っている少年の事だ。
――ホロウオッドの市長だと当人はいっているが本当か? 確かにこの国では、市政にある程度の自治権をゆだねている。地方によってはそういった法律や規定があることも知っている。だからと言ってまだ若すぎる。いやっ、実直な男として名の通っているランディス支部長が認めているのだから、たぶん間違いはないのだろうが。
メディエットはぼんやりと頭の中で思考を整理していたが、どうしても彼女が納得できないことがあった。それは酒場でのイカサマだ。メディエットのイカサマ「すり替え」は、あらかじめ大げさなフードマントの袖に隠しておいた「2枚のジョーカー」を巧みに入れ替えるといういたってシンプルなものだ。実に単純なトリックだが、相手の隙をうかがう独特の眼力と素早い手捌きを必要とする高等技術だ。それは酒場のマスターまでもが見落とすほどのものだった。しかし、酒場の一角で葡萄ジュースを啜っていたアレックスには、その巧妙なイカサマをすんなりと見抜かれてしまったのだ。
――そもそもアイツはそれを見ていたのか?
キィーン――
混ざり合った鉄の音とともに、メディエットは再び目を開けた。
「――あぁ、最悪だ。イカサマ犯がランディスお抱えの魔鉱機士だなんて。牢屋にもぶち込めない……。」
「ほぅ……。同じ事を返そう。子供が私の雇い主になるとはな、最悪だ」
この都市の最高権力者である市長アレックスと、彼の剣となる存在の魔鉱機士。彼らの関係は繊細で、複雑なバランスの上に成り立っている。
市長は法と秩序を司る指導者であり、その下で剣を振るう魔鉱機士はその意思を具現化する遂行者たち。つまるところ、公共の安全と秩序の担い手である彼らは、明確にアレックスの部下と言える存在だった。……ランディスを除いて。
「きっとトールというこの街の機士も、おまえの無能さに呆れて逃げ出したのだろう」
「なっ!」
「二人とも落ち着きましょう。ねっ……ねっ!」
しかし、リリーの説得も無視され、車内は重苦しい雰囲気に包まれていた。
「所でおまえ――」
「――おまえじゃない。アレックスだ! いい加減名前でよんでくれないかな、礼儀知らずと罵られたいの?」
職務に似合わぬ体格。そして、体格同様に子供じみた態度。メディエットはグッと息を飲み込んだ。そんなメディエットの向かい側で、アレックスは終始変わらぬ不機嫌な表情のまま言葉を紡ぐ。
「それで、何がいいたいの」
「ああ、昨日のイカサマの件だ。おまっ……。アレックス市長殿は私のイカサマを見破っておりませんね」
からかうような口調で、そして微笑みながら、メディエットは心に引っかかる疑問をぶつける。しかし、アレックスはメディエットの言葉には興味を示さず、馬車の窓から外の風景を眺めながらわずかに頷くだけだった。
「ではやはり……」
彼女の中の疑問に解決の光が見える。おそらくアレックスは何か法規的な措置を講じているに違いない。
「キミの思っている通りだよ。この街の法律さ。トランプデッキにジョーカーを入れないように法律を作ったんだ。僕がね!!。だから、この街で購入したトランプには例外なくジョーカーなんて入っていないのさ」
「なぜそんなことをなさるのですか?」
「この街の部外者のキミには関係ないだろ! ……ってかさぁ、もう、そんな急に敬語使われても気持ち悪いだけだからさぁ~っ」
「……ヌッ」
胸中の笑いが消え、代わりにメディエットを再び苛立ちが襲った。
「ほぅ……。下手に出ればいい気になりやがって」
「何やるの、ここで、僕と戦う? 良いよ相手になってやるさぁ」
「もぉ、二人とも。馬車の中は狭いんだから立ち上がらないでください。ランディス館長も笑いながら見てないで仲裁を手伝ってくださいよ!」
「止めるなよリリー。僕は昨日、コイツが店から逃げ出したせいで小遣いを掏ったんだ!」
売り言葉に買い言葉。車両の天井に頭がぶつかりそうなくらいの狭い空間で、二人は睨み合う。火花を散らすような視線のやり取りを見て、ランディスがついに口を開いた。
「リリー、どうやらアレックスは昨日、酒場のマスターから強引に金を取られたことが気に入らなかったようだ」
「そうなんです!」
「だが、メディエットは昨日、蠢く死者、いわゆる『ジョーカー』を退治し警官を一人助けている。ソレはすばらしい功績だ」
「そうね」
メディエットの言葉は堂々としており、彼女の自信がその声から滲み出ていた。
「ただ、犯罪は犯罪。任務の功績と罪は別々に考えなければならない。だが、今回メディエットのとった行動には我々の側にも責任がある」
「「どういう事です!」」
ランディスの意外な発言に、アレックスとリリーは口をそろえて驚きの表情を見せた。
「メディエット、彼等に話してやりなさい」
「えぇつ! 私が話すんですか!」
メディエットの固い態度に対し、ランディス館長は苦悩の表情を顔に浮かべた。その紛れもない威圧的な様子から自身の危機を悟ったメディエットは、毅然とした鉄壁のような表情を崩し、代わりに戦慄により引き締まった顔つきを露わにする。
「……分かったわ、話すさ……。話せばいいんでしょ……」
声は緊張感を纏ったまま、一瞬の間を置いてから言葉を織り始めた。
「今回の任務はイレギュラーだったんだ。急な任務のせいで交通費は実費払い。私の給料じゃ大陸横断鉄道に乗るのは苦しいのよ。そのせいで活動資金が底を尽きてしまってね……。本来なら、トールという機士が運ぶ荷物と一緒に、そのまま帰路の切符を受け取ったら首都サンディルへ帰る予定だったのに」
「でも、トールさんの代わりなら、新たに活動資金はもらってるんじゃないんですか?」
リリーがもっともらしい質問を投げかけた。
「その前金が問題だったのよ。警官は書状を持ってくるだけ、お金なんて貸してくれやしない。仕方ないから役所に脚を運んだんだ。だがどうだ? 役所の人間は私の姿をみるなり、門前払いだ。ひどい話さ。トールが来ないから、5日と、ひどく待たされたっていうのに」
――酒場などに行かず、直接支部に行けば良いのに。そんな事を思いながらアレックスは黙り込む。冷静に考えてみればその支部への山道を、今、馬車で登っているのだ。昨日のメディエットの食欲を考えれば彼女も長い旅路で相当限界だったのだろう。イカサマは彼女にとって苦肉の策だったに違いない。
「旦那さま」
リリーはアレクの服、袖の弛みを指で摘むとグイグイと2回程引っ張った。
「リリー、昨日こいつが公邸に来たのは本当かい?」
「えっ! あっ……。はい!! 誰かが訪ねて来たという話は伺っています。ただ……その話なんですけどね。フードを深く被り、猛獣のような眼差しで睨み付け、威圧的な声色で金をせびりだしたそうで。怖くなった役所の方が追い返したそうなのです」
「……クッ」
腕を組み、足を組んで、どこか思う所のあるメディエットは鈍い声で唸った。
「その話を僕は聞いていないのだけど……」
「……死体騒ぎのせいで最近疲れていたじゃないですか。それに浮浪者がたかってくるのなんて日常的なことですし、そんな情報は旦那さままで上がってきませんよ」
「私は浮浪者じゃない……」
「事の顛末などそんなものだ。空腹での山登りは危険極まりないからな。メディエットも不憫だっただろうに。まぁ起きてしまった事はしょうがない。アレックス、後でメディエットの給料から昨日酒場で食べた代金を返済しよう。もちろん二倍付けでね」
「えっ! 私負けてないのにッ!!」
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