第11話 始まりの神話

 白い大型車。

環を迎えに行くときだけ黒縁眼鏡にしていた運転手がサングラスに掛け替え、助手席には紫衛。後部座席には、瑠奈と環が手を握りあっている。

私立アルテミス学園裏の理事長屋敷の車寄せには、屈強なガードマンが停車した車の前後とドアを囲み、瑠奈と環を屋敷内へ迎え入れた。


 理事長屋敷内応接広間。

 広いテラスへと繋がっている大きく開放的な掃き出し窓は、全てシャッターを下ろされていたが、たっぷりとしたドレープのベルベットのカーテンがそれを覆い隠し、その場の重々しい空気をやわらげていた。

 上品な浅黄色で統一されたロココ調の応接セットは、人数分だけ中央にまとめられ、学園からすでにこちらへ移っていた鳥生と紫、そして中年の男性が神妙な面持ちで起こった出来事を分析している。

 そこへ瑠奈と環が紫衛とガードマンに守られて入ってきた。

全員が振り向く。

「お、お祖父ちゃん。え、そんな・・・」

環が中年の男性を見て驚く。

環にお祖父ちゃん。と呼ばれた男が苦笑いする。

「環。大人になったね。こんな姿だから、お前をさとし夫婦と紫さんに託したのだ。

今日は、瑠奈さんにも、お前にも全部話そう」

瑠奈の方を優しい目で見て、

「環のお祖父ちゃんだよ。覚えているかな?」

瑠奈は、あまりよく覚えていなかったが、頷いた。

その横を環が、声の方向に向かって走り、倒れこむように祖父の安寧やすしの横に座ると大きな手を握り

「どうして、もっと早く教えてくれなかったの?

私は、両親もいないのに。

お祖父ちゃんにまで捨てられたと」

最後は、嗚咽で言葉にならなかった。

肩を震わせる環の背中をさすりながら、

「すまんかった。すまんかった。お前たち姉妹を守るためだった」

と声を湿らせながらも優しく語りかけた。


 応接の大きなドアをノックする音がする。

杜若とじゃくが、父親の警護を警察に任せて合流した。

 環が男の手を握っているのを見て、一瞬顔色が変わったが、すぐに説明を受けて瑠奈の横に大人しく座った。

そんな兄を見て瑠奈もまた複雑な表情をした。


「それでは、皆さんお揃いなので、今の事情を最も知らない瑠奈さんにわかるよう、順を追って説明していきますね」

と鳥生が口火をきる。

「と言っても、私は、先代からと武ノ内さん、紫様から伺ったお話もあるので、違っていたら都度教えてください。よろしいですか?」

「はい」

答えたのは、紫だった。


「まず、瑠奈さんは、この国のアマテラス、ツクヨミ、スサノヲの三兄弟の話は、ご存じですね」

鳥生が瑠奈をじっと見つめる。

「はい。神話ですよね」

「ええ。でも、神話と少し違う話があるのです。

神話では、アマテラスは、女性で太陽。ツクヨミは、夜。スサノヲは、男で死の国をつかさどる。となっていたと思います」

「はい。でも、あの、おかあさんとおとうさんを助けてもらうお話しを」

うん。と頷いて鳥生が

「曜子さんがさらわれた理由と助ける方法のために、理解していて頂きたいのです。我慢していただけますか?」

 瑠奈は、そんなの嫌です。といいたかったが、周りを見回して渋々頷いた。

そんな瑠奈を真剣な眼差しで見つめて鳥生がまた話し出す。

「けれど、私達の知っている神話は、少し違うのです。」


 「コトアマツカミは、三柱の神を集められのたもうた。

『日の神男子おのこアマテラスは、今よりタカマガハラを降りて起源はじまりの国、起の国を豊穣の国、黄國と名を変えおさめよ』

アマテラス曰く、

『私が降りてしまったなら、この世は、闇の世界となってしまいます。それゆえ、私の息子にそのお役目を仰せつかりましょう』

その話しを聞いていたアマテラスの妹、夜を司るツクヨミが、

『下界は、遥遠く混沌としております。それゆえ、私の娘二人。月をかたどり、命を守る力を宿し玉比売たまひめとお兄さまの力である日の光を取り込み戦う力を持つ鏡比売をお連れください。』

するとそばで聞いていたスサノヲが怒る。

『それは、いけない。それでは、生ける者の起の国きのくには、お兄様とお姉様のお二人の国になってしまう。私だけ死者の国とは、不公平だ』

ツクヨミが困った顔をして、

『そのようなつもりは、ない。

 もともと、お兄様は生ける国の昼を、私が夜、そしてお前が死者の国を守ることで三人仲良くしていたのだから。

 では、こうしよう。

ツクヨミの娘たちは、お兄様の子々孫々と結ばれては、ならぬと。

子を成せば、その力は、子に宿ると』

すると今度は、アマテラスが

『それでは、そなたの子らが力を持ち。私の子と諍い《いさかい》を起こすのでは、あるまいか』

と心配する。そこでツクヨミが

『お兄様のお子同士でも、諍いは起こるやもしれませぬぞ。

では、こうしましょう。

子を成す契りは、せずとも、二人のツクヨミの比売が愛しいと思うほどのおのここそがスメラミコトにふさわしいと。

そして、我が一族は、お兄様の子々孫々が起の国を治める手助けをすると』

その言葉に皆が納得し、アマテラスの息子が起の国のスメラミコトになりたもうた。」







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