第7話 神速金魚鱗の釧(カムハヤカナイロコノクシロ) Ⅲ


 第二応接室の中。応接セットの来客用椅子中央に玄武の指輪の男性。先ほどのサングラスは、外している。目のあたりにも傷跡があり、左目は義眼である。その後ろに屈強な黒いスーツを着てサングラスをかけたボディガードらしき男性。

 今、環から盆を取り上げた黒いスーツの女性は、部屋に入るなり後ろ向きになり、入口近くのわき机に茶のセットを置き、胸ポケットから黒いサングラスを出すと素早くかけた。そうしてから、安心したかのように薄ら笑いを口元に浮かべ、ドアをふさぐように立つとテーブルの上を見降ろした。

 来客用机の上で事務役席の出木が、貸金庫用の書類を指さし玄武の指輪の男に説明している。そうして一通り説明しては、説明した箇所を自分で書いていく。

 出木と横に座る副支店長には、出木が説明した内容を玄武の指輪の男性が記入しているように見えている。


 黒いスーツの女性に来客用の茶の盆を持っていかれたという、初めての出来事に廊下で茫然としている環に

「武ノ内さん。なにやってるの」

 と強い口調で声をかけたのは、融資係長からやっかいな客の応対を依頼された刈家だった。

クレイマーになりそうな客の対応が嫌で、長い応対になるからお手洗いに行ってくる。と同僚に告げ、時間稼ぎをしようと廊下をうろついていたのだ。

あわよくば、なかなか帰ってこない刈家にしびれを切らし、ロビー係が融資係長に応対させるかもしれない。

そんなことを考えていたところだったので、これはチャンスだと踏んだ。

「あ、あのお客様が強引に」

「言い訳は、いらないわ。私がお客様に謝ってあげるから。

あなたは、この資料を融資係長の所へ持って行って、事情を説明して謝罪しなさい。」

 いいながら、軽井用の資料を押し付けると、受け取った環を無理やり後ろ向かせ営業室の方へドンと押した。


 第二応接室のドアをノックをするふりをして、追いやった環が見えなくなるのを確認した刈家。

自分で茶を運ぶだなんて、変な客だな。と扉の外側で様子を伺うことにした。


 出木が自分で書いた書類を一つ一つ指さして、記入漏れなどの不備がないかチェックし終えると、副支店長を見て頷く。

「それでは、ご記入終えられたようですので、私が営業室へ戻って手続きを進めます。後のことは、こちらの出木くんにお申し付けください」

 と言って、副支店長は、出木の記入した用紙を持ち応接室を出た。

 ドアの外で様子を伺っていた刈家は、慌てて営業室と反対側の廊下へ隠れたが、 後ろを振り向かない副支店長のあとを、何事もなかったかのようについて行こうとした。

「ひっ」

 刈家が声にならない叫びをあげる。

 いつの間にか黒いスーツの女性に左腕をつかまれて動けなくなっていた。

 玄武の指輪の男性は、

「では、出木さん、ドアの外の女性に私たちを貸金庫室へ案内させて、あなたは、マスターキーを持ってきてくれますか」

と深く優しい声音で囁いた。

「はい、畏まりました」

うつろな目の出木がすっと立ち上がった。





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