第6話 神速金魚鱗の釧(カムハヤカナイロコノクシロ) Ⅱ

 亜多加銀行古都本店ロビー。三人の案内係が来客用番号案内機のある小さなカウンターの前で待機している。

「いらっしゃいませ」

 そこへ薄い生地のスーツを着てブランド物のバッグを持った男。耳から携帯を離すことなく、案内係に

「ビジネスの件で予約している軽井かるいだけど」

と告げた。案内係の井川は、どういったビジネスで?と聞き返したい気持ちを、ぐっと抑え。

「少々お待ちください。」

 と言って予約名簿を確認した。

 名簿には、確かにこの時間帯でカードローンの増額依頼の予約者に軽井の名があり、その横には、万が一顧客に見られた時のための略号でOCとある。

増額依頼は、アウトでクレーマーになる可能性ありの問題客だ。

窓口で騒動にならないよう、ベテランの融資係に依頼しようと考えた。

「軽井様、担当者におつなぎ致しますので、どうぞおかけになってお待ちください」

 そういうとロビーの椅子を勧め、半透明の強化プラスチックで、番号ごとに仕切られた窓口の奥のバックヤードへ急ぎ、融資係長にやっかいな予約客の対応の相談をした。


 亜多加銀行古都本店営業部バックヤード。

 「武ノ内君、さっきの書類用意してくれた?」

 事務役席の出木に呼ばれた環が

「はい。こちらにご用意しております」

と新規の貸金庫開設に必要な書類一式を渡す。

「ありがとう。あと、悪いけど、第二応接室にお茶を用意してくれるかな」

「いくつご用意したらよろしいでしょうか?」

「五つお願い」

「承知しました」

 まだ入行間もない武ノ内 環は、3か月の研修期間を優秀な成績で終えたとはいえ、経験が浅い。研修中に一通りの必要資格は取得しているが、融資の顧客を任されたことはなかった。

 その代わりといってはなんだが、顧客へのお茶出しや必要書類の整理、コピーなど雑用的なことは、業務の合間に依頼された。


 慌ただしく第二応接室へ行った出木の後ろを、追いかけるように給湯室へ向かう。

 営業室から廊下への短い間。先ほどロビー係に耳打ちされ、難しい顔をした融資係長に顧客の応対を依頼された、あからさまに不服そうな態度の刈家かりえを思い出し、お茶出しの依頼を受けれて良かった。と息を吐いた。


 給湯室で来客用の茶を用意する環。

顧客が第二応接室に入る気配を確認する。声の様子から、出木がかなり緊張して応対しているようだ。

 ロビーとドア一枚の第一応接室と違って、駐車場への連絡廊下から入ることのできる第二応接室は、主に大口預金者か大企業の重役クラスを招きいれることが多かった。普段、お茶を入れる作業で手を抜いている。というつもりはないが、かなり丁寧に5杯の茶を入れた。

 茶托をセットし給湯室をでようとしたとき、ぴったりとした黒いスーツに身を包んだ八頭身の女性が第二応接室を出てきた。

 軽く会釈する環に対して黒いスーツの女性が、頭の上からつま先まで、蛇が獲物を狙うような目で環を見降ろす。

 失礼な人だなと環は、思った。もちろん顔には出さないが、あまり良い感情は持てなかった。

「ねえ。貸金庫室は、どちらかしら」

 まだ、取引が終わったわけではないはず。言葉に気をつけようと環は思う。

「すべてお客様に操作して頂く全自動タイプと、こちらで管理させて頂くタイプがございまして。お手続きがお済みになられましたら、ご案内いたします」

「ふうん。そうなのね。今から、応接室にそのお茶を運ぶの?」

「あ、はい。そうです」

「そのお茶。私が持って行くわ」

「あ、いえお客様にそのようなことは」

 拒む環から強引に来客用茶碗の乗った盆を奪い取ると、スーツの女性は、ノックもせずに第二応接室へ入って行った。



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