第3話 誕生日前日 Ⅰ
私立アルテミス学園寮の1室。入口からすぐがユニットバス。そこから短い廊下と洗面スペースの奥に7畳ほどの部屋。ベッドのスペースは、ロフトのようになっており、下が半分勉強机で残り部分がクローゼットである。ベッドや机の反対側には、本棚と剣道道具。中央には、小さなテーブルとクッションというシンプルな佇まい。
制服のリボンを結んでいる瑠奈、ノックの音に手を止めてドアを開ける。
入ってきたのは、瑠奈の友人
「ハッピーバースデイ瑠奈」
と言いながら肩から垂らしている瑠奈のリボンを結んでやる。
「いやいや明日やし」
「でも、明日は、実家でしょ」
「うん」
「これ、プレゼント」
「え、ありがとう。でも夜でも良かったのに」
「部活とかで会えなかったらだめじゃん。
それと私のダインの調子が悪くてデータ消えたから、登録しなおさせてもらって良い?」
といいながら、テーブルの上の瑠奈のスマートフォンを手にする。
「あ、うん良いよ」
寮生で近いとはいえ厳しい校風のため、忘れ物をしないように鞄の中を確認をしながら瑠奈が返事する。
「これでよし。と、瑠奈、行こう」
遥にスマホケースの蓋を閉じて返されて、寮を出た。
「今日って藤ノ宮先生の授業の日だよね」
「うん。楽しみ」
藤ノ宮は、若く美人で凛としていて、生徒から人気があった。
「だって瑠奈、藤ノ宮先生に贔屓されてるもんねぇ」
瑠奈の顔を覗き込みながらいたずらっぽく遥が笑う。
「なんか、この間も知らない子にそんな感じのこと言われて意地悪されたけど。
そんなことないよ」
「贔屓されてる本人は、わかんないんだよ。
藤ノ宮先生が瑠奈を見る目、すっごく優しいもん」
「そんなことないよ」
瑠奈の声が小さくなる。そんなんじゃないんだよ。
藤ノ宮先生と話しをすると、教師と生徒というより何故かもっと親しみ深いものを感じてしまう。懐かしいというか。多分自分のそんな気持ちが以心伝心して、先生も優しい目でみてくれるんだ。
あるいは、自分が養女だから。今までも、家庭の事情を知った教師達から何となく同情されていたり、必要以上に養父母から大切にされているか探られたりしたことがあって、そんな時いつも他の子と違う自分を思い知らされて悲しかった。もし、藤ノ宮先生が後者なら何となく嫌だな。瑠奈は漠然とそう思っていた。
他の学校では、歴史は、世界史と自国の歴史と選択できるらしいが、私立アルテミス学園高等部では、受験よりも教養を身に着けるということに重きを置いているため、どちらも必須科目で講師の藤ノ宮が自国史を受け持っていた。
「今日は、最初に少し授業からそれますが、先日放送されたニュースのお話しをしたいと思います」
藤ノ宮が、ホワイトボードに『とつかのつるぎ』と書く。
「古都の蛇塚遺跡から出土されていて国立博物館に保存されていた『とつかのつるぎ』が、盗難の被害に会いました。悲しい出来事です。
蛇塚遺跡は、2千年以上前に出来たものと考えられ、今回盗まれたつるぎは、被葬者の体の上に載っていたことで守られていた貴重なつるぎです。」
生徒の一人が手を挙げる
「どうぞ」
藤ノ宮が手のひらを生徒に向けた。
「誰が埋葬されていたんですか」
藤ノ宮が静かに目を伏せる
「わからないのです。2千年以上前の我が国には、文字の文明がまだそれほど発達していなかったと思われ、土は、酸性度が強く、被葬者の性別さえ定かではないのです」
「ああ」
誰ともなくため息がこぼれ。教室の中は、しんみりとした。
その時、突然、ハッピーバースデイの曲が教室中に鳴り響いた。
このタイミングで!瑠奈は、思った。しかも自分の鞄のなかから。
慌てて、鞄の中からスマートフォンを出し、着断した。途中、パニくって鞄の中身をいくつか床に落としたが、そんなことは、どうでもよかった。クラスの皆の視線が痛かった。藤ノ宮先生は、どう思っただろう。軽蔑されただろうか?
そうっと見上げる。
何事もなかったかのようにホワイトボードを消しだした藤ノ宮は
「では、本来の授業を始めましょう」
と言った。
え、お咎めなし?やっぱり贔屓されてる?
と教室中が思い始めた時。
「御剣さんは、放課後職員室へ来てくださいね」
と厳しい声が聞こえた。
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