イチゴオレ消失事件(中)



 早速、彩夜は容疑者に声をかけることにした。

 まずはアンニュイな雰囲気の女、それと同じ席にいる男の二人組だ。彩夜がわーわー騒いでいたからか、二人はどこか緊張した様子でチラチラとこちらを伺っていた。


「すみません、少しいいですか?」

「……何?」

「実は、私のイチゴオレがなくなってしまって」


 彩夜は女のテーブルの上に目を向けた。そこには飲みかけのイチゴオレがある。

 疑われていると知って気を悪くしたのか、女は目つきを険しくした。


「これは違うわよ。私が自分で注文したの。ねえ、店長さん?」


 店長はしっかりと頷いた。

 だが、それで容疑が晴れるわけではない。


「では私が目を離していた間に何をしていたか、教えてください」

「……別に、普通に座っていただけよ。ねえ?」


 と、今度は同席している男に同意を求める女。

 男は「ああ」と肯定し、


「そうだね。僕は来た時に一度トイレに行ったけど、それだけだ」


 と、明朗な調子で答えた。

 彩夜は男性に尋ねる。 


「あなた、さっきはいませんでしたよね?」

「ええまあ。でも約束していたんです。今日ここで会おうって」

「ここへ来たのは何分頃ですか?」

「何分頃だったかな……まだそんなに経っていないと思うけど、覚えてないや」

「……そうですか」


 まあいい。彩夜と店長が話していたのはせいぜい数分程度。その間にこの男が来店したのは確実だ。

 彩夜が次の質問を考えていると、男が「そもそも」と声を発した。


「君のイチゴオレをどうこうする動機なんて、僕らにはないよ。ねえ?」

「そうね」


 女がつまらなそうに答えると、男は続けた。


「僕らはそろそろここを出るつもりだったんだ。ちょうどこのイチゴオレが飲み終わったら出ようって話してたところでね。でもほら、量が多いだろ、このイチゴオレ。二人で飲んでも時間がかかるねって笑ってたところで、君のイチゴオレに構ってる暇なんてないんだよ」


 声音は穏やかながら、自分たちは潔白だと強く主張するような口調だった。


「イチゴオレが飲み終わったら出るというのは、いつ話していたんですか?」

「僕がこの店に来てすぐだよ。トイレに行くよりもっと前。だからその話が出る前に君のイチゴオレを盗ったなんて疑ってるなら、見当違いかな」

「なるほど。ちなみに今の話だと、そのひとつのイチゴオレを二人で飲んでいるんですか?」

「ほとんど彼女が飲んでいるよ。見たらおいしそうだったから飲んでみたくなって、一口だけもらったんだ。……ていうか、そんなの君のイチゴオレがなくなったことと関係あるのかい?」


 変わらぬ柔和な口調ながら、やはり言葉には圧が感じられた。

 このあたりが潮時かもしれない。この男性が気を悪くしているのか、あるいは不機嫌そうな女性に合わせているだけなのかはわからないが、いずれにせよこれ以上話を聞くのはうまくなさそうだ。


「わかりました。ありがとうございました」


 彩夜はそう言って、今度はもう一方の客の方へと向かった。


「すみません、少しいいですか?」

「……な、なんですか?」


 何やら見るからに挙動不審な男は、帽子を目深に被って顔を隠した。

 彩夜が気にせず質問をしようとした、そのとき、


「あ! お前は!」


 と、後方から声があがった。

 見れば、女と一緒に座っていたさきほどの男が立ち上がり、帽子の男を指差していた。


「……知り合いなんですか?」

「ストーカーだよ! 彼女のことをずっと付け回してて……警察にも言ったのに、まだ諦めてなかったなんて!」

「っ……ち、違う。俺はそんな」

「何が違うんだ。そんな帽子で顔を隠して!」


 男は激高した調子で続ける。


「そうだ! きっとイチゴオレもこの人が犯人だ!」

「え、それは決めつけがすぎるのでは」


 彩夜の言葉を、男は「そんなことあるもんか!」と跳ねのけた。


「そいつはね、彼女の飲み物を勝手に飲んだことがあるんですよ。彼女が席を離した隙に……しかもそれが一度じゃない。二度もあったんだ!」

「っ……」


 事実なのか、帽子の男は顔面蒼白だ。

 そこへ追い打ちをかけるように、男は言った。


「気持ち悪いでしょう。関節キスで興奮してるんだ、このヘンタイストーカーは! まったく、恥を知れ!」


 反論の言葉がないのか、帽子の男は顔を隠すように俯いてしまった。

 なんだか大変なことになっているが、しかし今重要なのはイチゴオレだ。


 彩夜は言った。


「犯人がわかりました」






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