手がかりと飼い主


「魔術。その神秘を知る我々にとって、不可能は不可能たり得ない。違いますか?」


 この事件は、魔術の存在を知らない人々の間で大きく話題になった。

 映像は映画やドラマの中のファンタジーそのものなのに、そこに映った男の焼死体は実際に発見されている。映像が巧妙に加工されているのか、それとも見つかっていないトリックがあるのか。人間が燃えるという事件そのものの凄惨さも相まって、人々の関心を引くには充分だった。


 だが魔術の存在を知る者たちにとってみれば、その点は奇妙でもなんでもない。


「この世界に不可能はありません。魔術ならなんでもありです。人間を燃やすことも、事件現場からすぐに姿を消すことも、ありえないことではありません」

「……確かにそうね。でもあなた、大事なことを忘れているわ」

「なんでしょうか?」


 彩夜が微笑を崩さずに問い返すと、苛立ちの滲んだ声が返ってくる。


。炎の魔術で瞬間移動はできないでしょう?」


 女の言葉は正しかった。

 原則として、一人の魔術師が扱う魔術は一系統だ。魔術師は異世界の魔族と契約することでその魔族が有する性質の魔術を行使するが、複数の魔族との契約には魔術師の魂が耐えられない。故に一人が二系統以上の魔術を扱うことは、基本的にはありえない。


「私が炎を操る魔術師だというのなら、防犯カメラに映っていたアリバイはどう説明するのかしら」

「犯人が炎を操る魔術師とは限りませんよ」


 彩夜は明るい口調で、笑顔を忘れずに説明する。

 それが目の前の相手を余計に刺激することを理解しながら、あえてそうする。


「たとえば瞬間移動や空間転移の魔術を使える魔術師なら、予め別の場所に用意していた炎を人体に移すことができます。その後すぐ別の場所に移動して監視カメラにその姿を残すことも。人が燃えたからといって、犯人が炎の魔術師とは限らないんです」

「馬鹿馬鹿しい。たとえばとか、限らないとか。そんなこと言い出したらキリがないわ」

「でも、魔術とはそういうものです」


 魔術ならなんでもありだ。

 この世界の法則を前提とした考証など、魔術の前では意味を持たない。


 彩夜の指摘に、女は深々と嘆息した。


「ならやっぱり私じゃないわ。今証拠を見せてあげる」


 そうして一度席を立った女は、カッターナイフを持って戻ってきた。彩夜が不審に思いながら見ていると、女はその刃で自分の指先をざっくりと切った。赤い血液がボトボトと落ちて、テーブルに水溜まりを作る。女は涼しい顔のままテーブル上のティッシュを数枚取って血塗れの指先を拭い、見せてきた。


 白くて細いその指に、傷はなかった。

 たった今深々と入れられた刃の痕が、どこにも見当たらなかった。 


「これが私の魔術よ。どんな怪我でも一瞬で直せる治癒の魔術」


 驚く彩夜に気分を良くしたような調子で、女は続ける。


「治癒の魔術では火は起こせないし、瞬間移動もできない。そう思わない?」

「……なるほど、そうかもしれませんね」


 これが治癒に見せかけた別の魔術である可能性は否定できない。だがそれが発火と瞬間移動を可能にするかというと難しい。


 どうやら分が悪いと感じた彩夜は、視線を逃がすように室内を見回した。

 そして、気になるものを見つけた。


「あのインターホン、少し触ってもいいですか?」

「……お好きにどうぞ」


 明らかに不満そうだったが、彩夜は気にせず壁に設置されたインターホンに歩み寄った。おそらくそれなりに新しいと思しき電子タイプで、適当にボタンを押すとモニターに録画記録がズラリと並んだ。日付と時刻も表示されている。


「言っておくけど、事件当時の記録はもう消えてるわよ。古い録画は消えるようになっているから」

「へえ。そうなんですか」


 彩夜は構わず録画記録の確認を続ける。

 そして、奇妙なことに気付いた。


「多いですね、今週の来客」


 しばらくさかのぼってみたが、画面に表示された録画が指し示す日時の変化は緩やかだった。ここ一週間ほどの間に何人もの人が訪れているようだ。

 しかもそのほとんどは友人知人の類ではない。


「ちょうど色々買い物をしたところだったのよ。それに、相変わらず何人かは来るのよね、事件のことを聞きたがる面倒なやつが。ほんとうんざり」


 彩夜が訊くまでもなく、疑問に対しそのような答えが発された。

 そう。録画に残っていた来訪者は、その多くが配送業者の制服を着ていた。そしてそれ以外は、どうやらあまり友好的には見えない連中。試しに再生してみると、来訪者は門の前までやってきたであろう家主の方へと胡散臭い笑顔を向け、ウェブメディアの記者を名乗った。


「この記者さん、事前に連絡とかしてこなかったんですか?」

「いいえ。ちゃんとアポを取ってきたわよ」

「じゃあ、断らなかったんですね」

「憶測で好き勝手書かれるよりはマシだと思ったのよ」


 なるほど、そういう考えもあるか。

 そうしてしばらく録画をさかのぼると、途中で日付が一気に飛んだ。画面に表示された日付は数か月前。件の事件の少しあとだ。そして、それより前の録画は残念ながら残っていなかった。


「録画が残っていない空白期間があるみたいですけど、これは?」

「しばらく電源を切っていたのよ。来客が煩わしくてね。でもいつまでもそれだと不便だから、最近また電源を入れたの」

「ふーん。そうなんですか」


 彩夜があえて淡泊にそう返すと、背後で舌打ちの音が聞こえた。


「……その言い方、わざと?」

「さあ、どうでしょう」


 同じ調子で返すと、今度は深々とした溜息が聞こえた。

 どうやら、いい感じに苛々してくれているらしい。


「用が済んだら帰ってくれる? こっちも暇じゃないのよ」

「では、次で最後の質問にしましょうか」


 彩夜はそう言って女の方へと振り向き、笑顔で続けた。




「本物の篠宮美里さんは、どこですか?」



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