第61話 そして世直し旅 ③



 左近たち一行が、もうすぐ天津藩と赤穂藩の境界に差し掛かる街道の宿場町で旅人たちが逃げて来た。


「にっ 逃げろ、赤穂藩の女人狩りだぁー ! 」


「女子供は連れ去られたら戻ってこんぞ !

 あんたらも早う逃げなされ ! 」


 すれ違いざまに言い残し逃げる旅人。

 左近たちが見ると数人の侍たちに捕まった女たちがおり、その父親や夫らしき男たちが必死に抵抗していた。


「いけない、助けなきゃ ! 」


 左近が飛び出すと直ぐに助三郎才蔵角之進総司八兵衛竜馬弥七霧風が追いかけた。

 残ったご隠居宗矩は千代姫と徳松を自分の後ろに回し警戒した。


 ◇◇◇◇


 赤穂藩藩士の萱野勘平、堀部安兵衛、神崎与五郎、赤垣源蔵、大高源吾、寺岡平右衛門、欲張益二郎が浅野内匠頭の命により旅人の中から見目の良い女たちを捕らえていた。


「お前たち、大人しく追いてくれば良い思いも出来るのだから感謝しろ 」


 欲張益二郎が旅の女にうそぶく姿を他の六人は苦々しく見ていた。

 殿浅野内匠頭の命とは云え、罪の無い女子供を捕まえるのに嫌気がしていたのだ。

 最近、殿にすり寄ってきた成り上がり者である意地川塁衛門いじがわ るいえもんは、ついに家老の一人に成り藩政を好き放題にしていた。

 欲張益二郎は、意地川が連れて来た子飼の武士だったのだ。


 そして若い夫婦の旅人を引き離し夫の方に刀を抜いた。


「女、見せしめにお前の旦那を斬る。

 他の者も死にたくなければ、我ら赤穂七本槍の言うことを聞くが良い 」


 欲張益二郎の言葉に他の六人は否定したかったが、殿浅野内匠頭から頂いた名前だけに口にすることは出来ずにいた。


「儂の剣で死ねることを感謝するがよい。

 柳生新陰流の太刀で死ねるのだからな 」


 欲張益二郎が刀を振り上げた時、


「待ちなさい !」


 益二郎が振り向くと器量の良い娘が駆けつけて来た。

 娘が来た方を見ると奥の方に年寄りと若い男、見目麗しい娘も居る。


「ほ~う、内匠頭様に良い土産が出来たようだな。

 娘、大人しくついてくれば、上手い飯を食わせてやるぞ 」


「えっ、美味しい御飯 ! 」

 益二郎の言葉に反応するサヨ左近


「「「「…………………………」」」」


 助三郎才蔵角之進総司八兵衛竜馬弥七霧風の視線に気がついたサヨ左近は、


「コホン、愛し合う夫婦を引き裂かんとする者よ。

 己が姿を見なさいな。 自らの醜き欲望に抗うこともせず、ただ心に暗き情念の炎を燃やす。人、それを……嫉妬しっとというのよ!」


 益二郎の太刀がサヨ左近に向かう。

 すぐに助三郎、角之進、八兵衛、弥七がサヨを守るように立ち塞がった。


「娘。 貴様、ただの町娘では無いな !

 さては、何処ぞの姫であるか…………クックックッ、こいつは良い。

 儂も運が向いて来たようだな 」


 サヨ左近の正体に気がつかない益二郎に呆れると云うより怒りを覚えていた宗矩が仕込み杖を持ちながら近づいて行くと若い夫婦と一緒に居た老人が立ち上がった。


「お侍様。 先ほど、と言ったようですが、冥土の土産に見せてくださらんか ? 」


 編み笠を取り頭を下げる老人。


「爺などには勿体無いが見せてやろう、柳生新陰流の神髄と云うのを ! 」


 左近たちが止める間もなく太刀を振り下ろした益二郎。


 ガキーン !


 しかし、老人の持つ杖で受け止められてしまった。


「きっ 貴様、儂の剣を受け止めただと ! 」


「フン、やはりかたりだったか。

 柳生新陰流の名前を汚したからには、ただでは済まぬぞ ! 」


 先ほどまで、よぼよぼしていたとは別人のような老人に益二郎が、


「おのれ、貴様は何者だ ! 」


 悔しそうに言う益二郎。

 出番を取られた左近も悔しそうにしていた。


「尾張柳生 柳生如雲斉やぎゅう にょうんさい


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