第58話 烈風▪疾風▪納豆藩、海路を行く ! ③

【十兵衛side】


「なっ 何を仰るのですか !? 」

 疑われた銚子新兵衛が岸和田伊右衛門に問うが、


「お主なら、やりかねぬと申しておる。

 元々、この銚子は船奉行を勤めた者なのだ。

 当藩のお世継ぎを巡り家中が二分されておった…」


 時を同じくして、正室との間に産まれた嫡子ちゃくしを推す筆頭家老派と将軍家の血筋である側室との間に産まれた継嗣けいしを推す駿府家老派が藩内で争い、駿府家老派が勝利したのだ。


 敗れた筆頭家老派にくみしていた銚子は船奉行の職を解かれて船手組頭に降格され、駿府家老派のために尽力した儂が船奉行の職を手中にしたのだ。


 ……銚子は今でも儂や殿のことを逆恨みしているに違いない ! 」


 ちっ、お家騒動に巻き込まれた訳か、面倒な !

 放っておく訳にもいかぬのが辛い立場に成ってしまったからには止めねば成らぬ。


「確たるあかしもなく、決めつけるのはかえって危険だ。

 今は無事に船を航行させることに専念してくれ ! 」


 また風が変わったな。

 それに気がついた水夫たちも不承不承ながら納得したようだ。


「よし、みんな持ち場に戻れ ! 」

 新兵衛の号令に水夫たちも持ち場に向かった。


「とにかく……よろしく頼まぁ……うぷっ ! 」

 主水が口を抑えて苦しそうにしている、御坊は相変わらず船底から出てこない。

 頼りに成るのは正成だけとは情けない……



 ◇◇◇


 海岸からそれ程離れていないとは云え、大時化おおしけを無事に耐えることが出来るか不安になる。

 船の素人の俺達は船の縁にしがみつくしか無い。


「帆を降ろさねえと、このままじゃ船が持たねえぞ ! 」

「そんじゃぁ、間に合わなくなるかも知んねえ !

 船足を止めるわけにゃぁいかねえだ ! 」


 水夫たちの怒鳴り声が聞こえてくる。


「銚子様は、此方に来てねえですかい ?

 ご指示をいただきてえのですが……」

 水夫の一人が俺達に聞くが、新兵衛の姿は見ていない……



「 火だぁっ !! 」


 水夫の怒鳴り声に振り向くと船の帆にが付いている !


帆桁ほげたを落とせ ! 」


 

 縄を切ると、勢いよく帆が落ちた。


「いっ、急げ !」「消せ消せぇー ! 」

 海水をかけて一斉に踏みつけて火を消す水夫たち。


 火が消えたことを確認するために近づくと油の臭いがする。


「帆に油をかけて火をつけやがったのか ! 」

「なんてことを……」

 水夫たちの顔色も悪い……


「船足が止まったぞ !」

 水夫の言葉に、ハッとした、


「この付け火は、これが狙いか ! 」

 正成も気がついたようだ。


「ちくしょう、また忍者か !? 」

「手引きした奴の仕業にちがいねえ ! 」

 水夫たちは疑心暗鬼に成っている。


 帆桁の裏から新兵衛が出てきた。

 手には脇差しが握られている。


「縄を切って帆桁を落としたのは銚子様、あんたじゃな !? 」

 水夫の一人が問いただす。


「うむ、仕方がなかった……船を燃やすわけにはいかん。

 だから帆桁を切ったのだ 」

 新兵衛が答えるも……


「違うじゃろ !

 あんた……帆桁を落として船足を止める為に火をつけたんだろうがぁ !! 」


「馬鹿な、何故 私が…… 」


「いいや、あんたが忍者を手引きしたんに違いねえ !

「やっぱり、あんたか ! 」

「なんてことをしやがる ! 」


 水夫たちの剣幕に押し黙ってしまう新兵衛を見て介入することにした。


「内通者は銚子殿ではない。

 忍者を引き入れた者ならば、忍者が如何いかにして この船を沈めるつもりなのかを承知していたらはずだ。

 その者は船と運命を共にするつもりなどあるまい。

 ならば、何時でも逃げ出せるように準備していたはずだ。

 この荒海にび込んで逃げるのは自殺にも等しい、どうしても船がいる。

 先ほどの爆破未遂騒ぎで、誰もが右往左往している中、最後まで救命船の側から離れようとしなかった者がいた。

 それは、………………あんただ、岸和田伊右衛門 ! 」


「なっ、何を馬鹿な……

 そのようなことだけで、儂を内通者と決めつけるのか !? 」


「お主、今し方の消火にも加わっていなかったな。

 なのに、何故 袴にげを作っているのだ ?」


 確かに、伊右衛門の袴には焦げの跡が残っている。


「帆に油を撒いた時に自分の足元も濡らしたことに気づかずに、そのまま付け火をして引火させたな ? 」


「うぐっ ! 」

 顔色を真っ青にしている伊右衛門に水夫たちが、


「まっ まさか、そんな !」

「お奉行様が内通者 !? 」

「お奉行様 !? 」


 うつむく伊右衛門だったが……


「フッ、観念しろ !

 間もなくこの船は忍者によって沈められる運命だ ! 」


「おっ お奉行様が、何故 !? 」


「ふん……船奉行になど執着しておられるものか !

 幕府老中 中抜木腹蔵なかぬき ふくぞう様に協力すれば、儂を旗本に取り立てると約束してくれたのた!」


 ……愚かな奴め


「そのようなことはありえぬ、空手形だ 」


「必ず約束は守ると忍者は言ったのだ !」


 新兵衛が前に出てきた。


「お奉行……いや、岸和田 !

 貴様はなんと恥知らずなことを……


「無礼者 ! 儂は上役だぞ !

 お主とて、同じ話を持ちかけられておれば受けていように !」

 逆ギレする伊右衛門に新兵衛が、


「船を守り水夫を守るのが船奉行 !

 身をして命をかけねば職務をまっとう出来ぬのだぞ !! 」


 ズッズッズッ と後ずさる伊右衛門

「ふっ ふん ! そっ そんなに船が大事なら守ってみせろ ! 」


 ドゴォォォォーン !


 大きく船が揺れた。

 全体が黒く染められた船がつかってきたのだ。


 その黒い船に飛び込んで行く伊右衛門


 ゴロン ゴロン !

 揺れのために起き上がれない伊右衛門が、

「勤めは果たしたぞ ! 」


 伊右衛門が言うがはやいか、

「ご苦労 」


 黒ずくめの男は、振り向きざまに刀を伊右衛門に突き立てた !


「ぐぇぇぇぇぇ~~ !! 」


 伊右衛門は利用されたあげくに口封じされたのだった……




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る