雨、愛し人へ

月見トモ

第1話 雨


 雨を待つ。その理由は時に曖昧で、時に誰かの為だったように思う。それはまるで呪縛のような、愛のような何か。


 雨が降る。地面に叩きつけられ、流れる。それは次第にこの地球を潤し時には湿気に包まれる。

 天気予報ではイメージの悪い色と、どんよりとした顔のキャラまで作られて世間一般的には、”最低”な天気。

 でも、僕は雨が好きだった。特に横殴りの大粒の雨が降ると僕の心は踊った。

 理由はほんの些細な恋心で、不登校気味な同じクラスの朝根あさねさんが雨の日は決まって登校するからだ。

 何故彼女が雨の日だけ登校するのかは初めのうちこそ分からなかったが、それは直ぐに理解した。


 雨の日の朝、登校中の人混みの中で顔が見えず誰だか分からない後ろ姿でも、水色の彼女の傘を見つけると僕は一直線に駆け出し声をかけた。

 それに気づいた彼女は僕の声に反応して振り向き、そして笑いながら言った。

「雨が綺麗だったから今日は頑張って来たよ」

「そっか、来てくれて嬉しい」

「でも……やっぱり少し怖いかも」

「大丈夫だよ、なんか言われたら僕が注意する」

「ありがとう、納屋なやくん」

 対人関係が苦手だと言う彼女だが、彼女なりに頑張っているのか、可愛らしい無邪気な笑顔を僕に見せる。その笑顔と、雨に惚れる感性と、雨の日にしか逢えない特別感が、中学生の僕にとっては何よりも大きなものだった。

 今になって思うがこの気持ちが恋以上の、敢えて言うなら愛以外の何ものでもないと言うことは確かだった。



 夏休み間近になると真夏の太陽に焼かれた地面はカラッカラにヒビが入り、農作物は乾涸びていた。雨はいつでも降るわけじゃないから仕方が無かったが、それと同時に彼女も登校しなくなったことで、僕は夏が嫌いになった。


 次の雨の日はいつだろうと天気予報を見ても今年の夏は特に雨が降らないと天気予報士の笑顔がよく映えた。

 きっと、一週間も経てば直ぐに雨が降る。そんな僕の期待も虚しく、一週間後の天気予報を見ても晴れのマークが何処までも続くばかりで、そのままとうとう夏休みに入った。


 夏休みに入ってからの僕は、課題に目もくれず彼女に会えないことをひたすらに嘆き、気晴らしに隣県の海へ何度も出かけた。

 青々とした海へ飛び込み、白い泡に包まれ、約三時間僕は漂い、妄想した。

 この海水はつまり雨水で、僕は今、雨に包まれている。雨に包まれているということは、ある意味彼女と繋がれているのだと、そんな変態的で思春的な幸福感をただ日が暮れるまで噛み締めていた。(続

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