遡及
第13話 遡及 壱
西暦2014年。
四月。
祓魔高の入学式が執り行われた日。
二人の新人教師が、華々しく散りゆく桜の花びらを見ていた。
「もうすぐですね」
「――だな」
クラスⅣ祓魔師――常闇恭二。
クラスⅡ祓魔師――如月魁斗。
両者は祓魔高を卒業した後、教職に就いた。
そして今日、彼らにとって初めての生徒がやってくる。
「どんな子が来るんだ?」
「確か、虐待で殺されそうになっていたのを保護された施設の子でしたね」
「なるほど。一年目から難しい子が来るもんだ。一筋縄じゃあいかないかもな」
「――それを正しき道へ導くのも、教師の仕事でしょう」
「まあ、そうだな」
如月が常闇の肩へ手を置き、破顔する。
それを煩わしそうに――しかしどこか優しそうな瞳であしらう常闇。
「――ほら、来ましたよ」
校門から辺りをキョロキョロしながら歩いてきたのは、一人の少女。
雪のような銀髪。
透き通るような碧眼。
メイドを彷彿とさせる黒のゴスロリ。
そんな奇怪な姿を見て、新人教師二人は眉をピクつかせた。
「おい、一年目からこれか?」
「ま、まあ……祓魔高は制服の規定がありませんし、セーフといえばセーフ……ですかね」
――――と、そうして。
式を終えて、教室にて。
常闇恭二。
如月魁斗。
二人の名前を黒板にデカデカと書いて、教壇に手をつく。
「俺の名前は如月。一年目の新人教師だ――つまり初めてなのはお前と一緒。よろしくな」
「常闇と申します。分からないことがあればなんでも聞いてください」
対して教室にはたった一つの机イス。
そこに座るただ一人。
彼女は元気よく手を挙げて――、
「血川結衣です! よろしくお願いしまぁす!」
「元気が良いですね。よろしくお願いします」
深々とお辞儀をする常闇。
それに負けじと血川も頭を下げ、
「え、なに俺もなの?」
たった一人、頭を下げることなく呆れたように常闇を見つめる如月が密かに息を吐いたのだった。
「お前、教師バカになりそうな予感――」
「何か言いましたか」
「優等生は違うなって話だよ」
「私は教師バカではありません」
「聞こえてんじゃねぇか!」
地獄耳の常闇は如月の侮辱を逃さない。
そんな一連の問答を見て、血川は笑っていた。本当に楽しそうに、笑っていたのだ。
たった一人の生徒。
怪異適正のある人は少ない故、祓魔界は常に人手不足だ。祓魔高の生徒すらも、今は血川だけである。
友達と呼べる人もいない中、彼女はそれでも笑っていた。
常闇は改めて血川結衣へと向き直り、姿勢を正してから口を開く。
「これからあなたは色々なことを学びます。立場的にも、怪異を知らない一般人とは違うものになります。……祓魔界は人手不足ですから、申し訳ありませんが同級生はいません」
でも、だけど。
常闇がずっと考えてきた、教師としての在り方を徹底する。
「しかし来年になれば新入生がやって来る。それがあなたにとっての『後輩』であり、『友達』です」
「――」
真剣に耳を傾ける血川に、無表情で続ける。
「――私から言えることはただ一つ――青春しなさい。精一杯、人生に一度しかない高校生活を、輝かしいものにしなさい」
「はい! わ、私、頑張ります!」
元気よく手のひらを挙げ、血川が言う。
しかし天高く挙げられた手が震えていることに、本人は気づいていないのだろうか。
「――――」
虐待された過去を持つ血川は、無意識に怯えてしまっている。大人に対する恐怖は、心の奥底につけられた深い傷から去来するもの。
だから、それを拭うべく。
こういった生徒を日向に出してあげるために、常闇は教師になったのだ。
ならばきっとこれは、向き合わなくてはならない問題だった。
「――私が、必ず」
そんな呟きは、きっと。
今の少女には、多分。
ほとんど届いていないのだろう。
横に並び立つ如月だけが、決意の一言を聞いていたのだった。
◆◆◆
【記録】
西暦2014年。
六月。
口裂け女、顕現――。
祓魔関係被害者数――一人。
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