異世界からの迷子を拾った。どないしろってんだよ
結城 蓮
第1話 言葉の通じない迷子
人に話しかけることが特に苦手であり今日の時点で陽向の高校生活がボッチで過ごすことが半ば決まってしまった。まして日向のもつ話題は最近の若者と言うには少し違うと言えるだろう。
それは―――散歩、だった。
「さて、学校からそれなりに離れたし準備するか」
近くにあった公園のトイレの個室に入り制服を脱ぎ、教材がある中無理矢理ねじ込んでいた衣服に着替えた。脱いだ制服は綺麗に畳みバッグに押し込んで背負い直す。
「まさか退院早々地獄の『一人だけ自己紹介』が待っていたとは……」
先刻の光景がフラッシュバックする。偶然六限目にあったHRでまだクラスで自己紹介をしていなかった日向が一人だけ自己紹介をする羽目になったのだ。日向は軽い自己紹介ですら極度の緊張を抱いてしまうため、今回の自己紹介は日向にとっては公開処刑並みに過酷なものとなった。
『あ、ああ、あっ朝比奈ひっひひ日向でででです……よよっよろしくお願いします』
この挨拶で精一杯だった。この挨拶でまだ笑ってくれた方が気が楽だったのだがクラスメイトは沈黙で返すのみ。今日の日向のライフは一瞬で底をついた。
「思い返すと本当に恥ずか死する……早く散歩して気を鎮めよう……」
トイレから出て目的地も決めずに歩き出す。今日はただのんびりと過ごすと心に決めた日向は気の向くままに路地に進む。
「やっぱり路地ってロマンの固まりじゃね?なんかこう……とんでもねぇとこに繋がってそうでわくわくする……!」
薄暗い路地はどこか不気味な雰囲気を醸し出しており、その薄気味悪さが日向の心を強く刺激する。路地はどこに繋がっているか分からないからこそ大きなロマンがあり、それを開拓してゆくその瞬間こそが心を躍らせる。つながった先の景色は時に未知なる場所に繋がり新たな場所を、既知の場所なら秘密の通路を見つけた喜びに繋がる。
「今日はどんな発見があるかな……」
通い慣れた路地を歩いて、これまたバッグに詰め込んできていたカメラで目に付いた者を写真に収める。猫やカエルなどの細かなものだが、写真を撮っていると猫に至ってはある程度の行動範囲が見えてくるなど、路地の奥深さが見えると日向は知っている。
「今日はめぼしい発見はなかったな」
何も見つからない。そんな日もあるがそれも散歩ではよくあることだ。そんな日には日向はただ気分転換に努めるようにしているため、退屈はしなかった。
サンポヲ終えた日向が路地を通りショートカットしながら帰路に着いていると数メートル先に陽炎の様な空間の歪みが見え、思わず立ち止まって周囲を確認するが日向の目に見える範囲に熱を発するものはない。
ただ不思議と目につき癖でカメラを構えようとした瞬間―――
「―――――――――」
―――唐突に日向と同世代ほどの少女が現れた。
「…………え?」
「――――――?」
日向は思わず声を上げ目の前で起きた現象に困惑が隠せない。ただあるのは目の前の少女が実在していること。それが余計に日向の困惑に拍車をかける。
目の前の少女は周囲を頻繁に見回し、時折聞こえるバイクの音に身を竦ませていた。少し後、その瞳が日向を捉えた。少女の茶色いその目には僅かな不安が宿っていた。
「ま……まて。これは俺に話しかけようとしてないか?俺は会話が苦手なんだよ……だれか、誰か近くにいないか?」
その様子に日向は焦った。自慢ではないが日向は人とのコミュニケーションは大の苦手だった。
しかし日向の無駄な希望をよそに何かを決心したような少女は日向のいる方向を向き声を発する。
「―――?―――?」
その声は擦れが無く透き通った綺麗な声だったが―――
「こ……言葉が違う……」
―――言語が通じなかった。それは少女も気が付いたようで不安の表情が見る間に広がり、目尻に大粒の涙を溜め始めた。
「って嘘だろっ!?ちょい待てっ!!」
その様子に日向は大いに焦った。日向の脳裏には『女の子を泣かせた』の文言が飛び交っていた。
「どうしたらいい?泣いてる女子なんて関わったことないぞ!?」
日向は焦りながら必死に泣き止ませようと思考して一つの答えを出した。バッグを開いて目的のものを取り出して少女の下へ歩いて肩を軽く揺する。少女は少し驚いて日向を見上げ涙で潤んだ目に警戒の色を見せた。
「こんなモンしかないけど……ひとまずこれ食って落ち着いてくれ……!」
ダメ元で日向が差し出したものは今日寄り道して買った苺大福だった。少女の警戒度が強くなるが日向はもう一つの苺大福を取り出して食べた。見たことのない食べ物は当然警戒する。ならば先に日向が食べて安全を証明すれば多少は警戒を解いてくれないかと考えての行動だった。
「―――、―――っ!~~~!!」
その効果は出たようで、おずおずと少女が苺大福を口に運び一口齧った。次の瞬間少女は口元を抑えて身を捩りながら驚愕と歓喜の声を上げた。そしてあっという間に苺大福を平らげてしまった。そこで気が抜けたのか、それとも食い意地が出たのか少女の腹の虫が鳴り少女が赤面した。
日向は他に持っていた菓子を少女が満腹で眠りに落ちるまで振る舞った。ここまで関わったのならこのまま放置する訳にもいかず日向はひとまず母親に迎えを要請する旨の連絡を入れた。
「なんとか落ち着いたのか?でも―――これからどうしろってんだい」
朝比奈日向十六歳、高校生。春の半ばにて、言葉の通じない迷子を拾った。
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