宝物

古代鳥エスペランサ

第1話 小さい足

小さい一軒家。

築百年か、という程のボロ屋。

風がどこからか入り込んでいるからか、夏は蒸し暑く、冬は体が凍てつくかというほどに寒かった。


そんな家に親父と二人で暮らしていた。


親父はあまり家では見ない。

時々見かけるのは深夜トイレで起きた時に見るガラス戸越しに一人で酒を飲んでいる影を横目で見るときか、偶に朝リビングのソファで寝ている時だけだ。


親父とはもう何年かまともに話す事は無かった。

ある時、深夜に台所に水を飲みに行った時に恨めしそうな眼で見られた時以来、夜に台所に近づくことは無くなった。


精々家での親父との関わりは、机に置いておく学校からのプリントと作り置きのご飯位のものだった。

物心ついたときから続いているこの生活。


当たり前と続いてきたこの生活だったが、年を重ねて小学校に通いだしてから次第に自分が当たり前の家庭というものから外れているのだと感じ始めていた。


家で自分という存在は丸く空いた穴のようにぽっかり浮かんでいるようだった。


また学校というコミュニティでも、自分という存在は浮いていた。

なぜならそれは、俺の髪の毛が薄暗い緑色をしていたからだ。


小さい頃は意識していなかったそれは、次第に自分が異端であったことを小学校で知らしめた。

小学校にいた6年間で、友達が出来たことは一度もなかった。


だが、いじめられたことはなかった。

朝登校して、点呼を受けて、授業を受けて、給食を食べて、帰り際教室を掃除して、プリントを受け取って帰る。

ただ、そのことの繰り返しだった。


当たり前のことだ。

当たり前のことをしている。

生まれれば人間、親に育てられる。暫くして自分で喋り歩けるようになれば保育園、幼稚園に通う。

6才になれば地域の小学校に入って授業を受ける。


当たり前。

何故か当たり前の様に育ってきたはずなのに、自分はそこにハマりきれないでいる。

小学校に通い始めて、5年半。

少しずつ現実の分別が付くようになってきたと自分でも感じる事がある。


当たり前の朝、当たり前の学校、当たり前の一日、当たり前の日常。

自分は世の中の人間が歩むように、当たり前の人間なのに自分はまたその当たり前を歩む人間を見ているだけ。


ぼんやりと思う。

どうやら本当の世の中の当たり前の人間は、その当たり前の人間同士で仲間を作るらしい。


毎日、自分は当たり前の人生から外れていない確信があった。

けれど毎日自分は当たり前の人生を歩む子供達を”外”から見ている。

同じ形の、長さ、色のレールの上を歩いてるはずなのに、皆と自分は違う景色を見ている。


じゃあ、自分は"何"なんだろうか?




穏やかな日々だった。

今まで通り、少しずつ変わる道を歩いて日々を過ごしていく。


蒸し暑い夏を追い抜き、風が淋しい秋を過ぎ、とても冷え込む冬を越えて、日差しが温かい春。


俺はいつの間にか、小学校を卒業していた。

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