北海道ツーリング編

第40話 8月9日①…北海道行きフェリーへ向かう。

8月9日…ついにこの日がやって来た。


おっさんこと鈴木光太郎(45歳)の俺が本来行く予定だった北海道ツーリングから1年以上…本当に長かった。


おっさんだった俺はプ○ウスミサイルに突っ込まれ生死を迷った結果、ハルという女子になり再び1から北海道ツーリングを目指しスケベ、Hな事以外は体を張って何でもやった(と思っている)。


今思うとすでに北海道ツーリングに必要な資金は最初の仕事で稼いでいたのに俺の性格上、仕事に真面目に取組む事が功を奏していまやおっさん時代の貯金額を遥かに超えて1本2本では済まない状況になっている。


それも高校で知り合った一花という友人のお陰である。


彼女がきっかけで北海道へ行ける様になったと言っても過言ではない。そんな彼女が北海道に行きたいと言ってきた時は驚いたものだ。


そんな彼女にも北海道の素晴らしさを伝えるべく俺も頑張らなければならない。


新日本海フェリーの新潟から小樽行きのフェリー出航時間は昼の12時。

今は夏休み期間なので最低でも90分前の10時30分には到着しておかないといけない。


今いる練馬からフェリー乗り場までは約300km以上離れている、時間にして4時間は掛かる計算だ。余裕を持つとして6時間、つまり朝の4時30分には出発しなければならない。


前日に付き添いのマネージャーの饗場あえばの車にはキャンプ用品と着替えや生活用品を預けている。後は集合場所の関越自動車道の三芳パーキングエリアへと向かうだけなのだが。


「…んー…むにゃむにゃ…。」


「おーい!一花!もう起きる時間だぞ!起きろー!」


時計を見ると朝の4時である。俺はすでに夏用のメッシュジャケット、スキニージーンズを着用しバイクにも荷物を括り付けて準備万端である。


「…おはよう…ふあーあぁ…。」


「ほら!早く着替えて!出発するぞ!」


ようやく起きた一花に俺が早く着替える様に催促するが当の本人は全く気にしていない。そのままフラフラしながら風呂場へと向かう。


「…シャワー行ってくる。」


「ぬあー!早くしてくれー!」


俺はマイペースな一花に振り回される、少なくとも4時30分には出発したい事もあり結構焦っている、シャワーだし短時間で終わるだろうと思い待機する。


『シャー…。』


「なっがっ!!」


いつもなら15分位で終わるのだが時計を見るとすでに4時30分を過ぎている。俺は落ち着かずに地団駄を踏む。


「ふうー!やっぱ朝はシャワーを浴びないと始まらないねっ!」


「もう始まる前に終わっちゃうから早く着替えてくれ一花!」


シャワーを浴びて眠気が飛んだ一花が気分良く声を上げるがすでに出発予定時間を大分過ぎてしまい今は4時50分だ。フェリーが行ってしまったら全てが終わる。


俺が持ってきた一花のライダースーツを脱衣所の外から渡すと眠気が覚めた一花はそれを受け取り着替え始める。着替えを終えるとドライヤーで髪を乾かし姿見鏡で最終確認をする。


「ハル、お待たせ!じゃあ早速出発しよっか!」


「…本当に待ったよ。」


涙目になりながら俺が腕時計を見るとすでに朝の5時…すでに予定より30分押している。


バイクに跨り2人でライダーズマンションを出発すると日が昇り始めている。


外は真夏日な事もあり朝でも少し暑い位だ。下道を二人で走り出し関越自動車道の練馬インターチェンジを目指して行くが途中で一花が再び問題を起こす。


「ハル、ちょっと待って!」


「うん?どうした一花?」


「えへへ、ガソリン無いや。」


「What the Fuck!!」


前日にあれほどガソリンを入れておく様に言ったのに忘れていた様だ。これを大人数のマスツーリングでやったら嫌われる事は間違いないので要注意だ。


近くのガソリンスタンドに寄ると一花のバイクにスタンドの店員が給油を行う。給油が終わると心配になった俺が高速に乗る前の確認をしてみる。


「一花、ETCカードは大丈夫?」


「もちろん!すでに挿入済だよ!」


俺がバイクから下りて歩いて一花のバイクのETCの表示ランプをが緑になっているのを確認する。ちなみにダメだと赤になるのでエンジンを掛けたら確認しよう。(おっさん時代に1敗)


「よーっし!今度こそ準備オッケー!」


一花が元気良く言うと再び二人で下道を走り練馬インターチェンジへと向かう。


早朝の時間もあってか走行している車もまばらで大型トラックが数台走っているだけで道が空いている。夏休みもあり他県のナンバーの車も何台か見掛ける。


練馬インターチェンジから関越自動車道に乗るとすでに日が昇りきって辺りが明るくなってきている。バイクも巡航速度を90km/h程に上げると肌寒いくらいだが、焦りで火照った体を冷ますのに丁度良い風を身体で感じる。


これから北海道に行くのだという期待感も否応なしに上がるというものだ。



関越自動車道三芳パーキングエリア─


5時40分…大分遅れて到着すると大河ドラマ『生きていればこそ』の文字の入った痛車の側でマネージャーの饗場あえばが待ちわびていた。


「ごめん饗庭さん!大分遅れちゃった。」


「ハルさん!遅いですよ!もう40分は遅れてます。」


すでに待ち合わせ場所で待機していた饗庭に俺が謝罪をするが饗庭も腕時計を見て焦っている様子だ。


すぐに俺と一花のバイク用ヘルメットを渡すと饗庭が急いで痛車に戻り撮影用のカメラを取り付ける。一花のカメラマウントは相変わらずのままだ。


「これで良し、準備が出来ましたから急いで出発しますよ!」


「いや…ちょっと待って饗庭さん、一花の姿が見えないんだけど…。」


準備が整ったので出発しようとするが一花の姿が見当たらない、饗庭と俺で辺りを見回すとコーヒーカップを持った一花が遠くから歩いて来る。


「色ちゃんカメラ取付ご苦労様!朝のコーヒーは格別だね。」


「ちょ…おま…それミル挽きコーヒーじゃ…。」


一花の持っているコーヒーカップを見て直ぐに分かった、GWツーリングで人体の摂理の限界を試された温かくて美味いのに色々な意味でヤバイコーヒーだ。


「一花…お前は途中で『漏れるっ!!』と言う。これは予言だぞ。」


「はははは、こんな暑いんだから大丈夫だって。」


某占い師の様に忠告をする俺。


余裕綽々よゆうしゃくしゃくの一花だが俺は絶対に予言通りになる事を確信している。一花がコーヒーを飲み切ると3人一緒に忙しなく出発していく。



関越自動車道を走行中─


車列は一花を先頭に、中央を俺、後方を饗庭の痛車が1列になった状態で走行している。先頭の一花のスマホにはナビ設定をしているのでジャンクションでも乗換えは大丈夫だろう。


しばらく走って気付いたがペーパードライバーの饗庭の運転技術がかなり上達している。合流や速度の維持、車線変更の仕方も自然と行えている。それを見ている俺が安心するくらいだ。


鶴ヶ島ジャンクションを超えて寄居インターチェンジを超えた辺りから一花の体に異変が起こる。後ろから見てるいると一花がバイクの上で腰をくねくねさせている。


「ね…ねえ…ハル。ちょっと…次のパーキングエリアで休憩しない?」


「…漏れそうなんだろ?」


「は…はあ?そ、そんな訳ない…はうっ!」


「饗庭さん、次の上里サービスエリアでおしっこね。」


「おしっこって言うなああぁ!…も、漏れるぅぅ!!」


『アド〇イヤ現象』再びと言った所だろうか。バイク用インカムに一花のうめき声が木霊する。一花にとって長く感じたであろう、10分程走ると上里サービスエリアへと到着する。



上里サービスエリア─


「あっあっ、もう少し!もってえーーーー!」


そう叫ぶとバイク専用駐車場にバイクを止めて急いでヘルメットを被ったまま競歩の様な動きでトイレに駆け込む。もう売れっ子の役者の面影が無い程に不様であるが人目など気にする余裕が無い。


このくだり、GWツーリングでも言っていた気がする。


現在の時刻は6時40分。


「はあ…時間も大分遅れてるので少し心配ですね。」


饗庭が心配そうに腕時計を見ている、だがここで一花が漏らしたらそれこそタイムロスだ。ここまで来たらなんくるないさ精神で行くしかない。


それに到着すればどうにかなる準備は整えている。


「まあまあ饗庭さん、下手に焦っても事故になるだけですし。」


トゥルルルルットゥルルル♪…


「遅れると言ってもフェリーに完全に乗り遅れるレベルではないですよ。」


『お待たせしました。挽き立てのミル挽きコーヒーをお買い上げありがとうございました。』


「だから安全運転で行きましょう。グビグビ…ぷはぁー!」


「…あの、ハルさん何でコーヒー飲んでるんですか?」


「コーヒーって何を言って…あれ、なんでミル挽きコーヒーを買ってるんだ!!」


饗庭との会話をしていたつもりが自分の意思に反して無意識にミル挽きコーヒーを買っている自分が居る。


ミル挽きコーヒーの美味さがすでに俺の体へ刷り込まれ勝手に手が動いていた様だ…今まで練習をしてきたコンビネーションを意識の無いボクサーが繰り出すように高速道路と言えばミル挽きコーヒーなのである。


「はーーーーー、スッキリした。」


今日一番の満面の笑みを浮かべながらトイレから出てくる一花。俺が元凶のコーヒーを飲んでいる所を目撃すると悪魔の様な笑みを浮かべる。


「くっくっく…やっちまいましたねーハルさんや。」


「俺は大丈夫だしっ!ゴクゴクッ…。」


「色ちゃん、この後のハルの悶絶する顔が楽しみだねー。」


「お二人ともこれから北海道に行くんですよね…。」


俺と一花のやり取りに呆れた様に饗場がツッコミを入れてくる。コーヒーを飲み終えると再び出発するが5月のGWに比べ気温が高い事もあり早々に『アド〇イヤ現象』が来る事は無かった。



関越自動車道を走行中─


「ハルー!そろそろ来てるんじゃないの?ねえねえ!」


それをつまらないと思ったのか5分置きに何度かバイク用インカムで一花が俺に問い詰めてくるがGWツーリングで鍛え上げられた膀胱がある俺に隙は無い。


一花も自分だけが『アド〇イヤ現象』になったのが悔しかったのだろう。


藤岡ジャンクション、高崎ジャンクション、そして前橋インターチェンジを過ぎた辺りから山道へと入っていく。山間の緩やかなカーブとアップダウンの連続がしばらく続く。


さすがの山道で気温も下がり走行中の風もあり体が冷えてくると摂取したコーヒーが体内で急速に黄色い水分へと等価交換が始まる。


「…そろそろ皆、疲れて来ただろう?朝ご飯を食べに次の谷川パーキングエリアに行かないかい?」


朝ご飯を餌に谷川岳パーキングエリアへ誘おうとするが一花が待ってましたとばかりに俺への逆襲を始める。


「仕方無いなー…色ちゃん次の谷川岳でおしっこね。」


「くっそ…そうだよ!トイレだよ!」


逆襲されて悔しいが俺は大人だ、あえてその恥辱を受けてやる。そうして関越トンネル手前で谷川岳パーキングエリアへと入って行く。



谷川岳パーキングエリア─


現在の時刻は8時00分。


バイクを駐車するとすぐに俺はスーパー〇リオ3の〇リオの様にBダッシュでトイレに駆け込む。本当に高速道路のパーキングエリア、サービスエリアの存在には感謝しか無い。しかもトイレが物凄く奇麗なのだ。


「はーーーーー、生き返ったー。」


すっきりしたら朝食も食べていない事もあり、お腹が空いてくる。一花と饗場がすでにフードコートに入ってメニューを一緒に見ているので俺も合流する。


谷川岳パーキングエリアのお勧めメニューは何と言っても『』だ。


最初は一花や饗場も少し敬遠していたが俺が強く勧めると名物ということもあり注文して食べ始める。


「…んっ!思ったより美味しい、内臓だから生臭いと思ったけど。」


「本当ですね、ぷりぷりの食感も良いです。ご飯に合う美味しさです。」


「ムフフ…そうだろう、そうだろう。たんと食うんだぞ。」


一花と饗場はお腹が空いていたのか、もつ煮定食をすぐに平らげる。そんな様子を俺が作った訳ではないのに嬉しそうに眺める。


少し重い朝食を取り終えると俺は饗場に預けていた大きい水筒を取り出す。


「ハル何やってるの?そんな水筒を取り出して?」


「よくぞ聞いてくれました!谷川岳と言ったら谷川の六年水だ!」


谷川岳パーキングエリアには無料で汲める名水がある。看板も設置されているのですぐに分かるがなんと言ってもコーヒー、お茶に合うという事なので北海道で飲んでやろうという算段だ。


「へー谷川の六年水ねー…ちょっと飲んでみようかな。」


「スタァアアアップ!一花!お水は…我慢しような。」


水筒に水を注ぎながら俺が一花に注意をする。この先もうトイレに寄る時間が無い、谷川岳を出たら目的地までノンストップで向かう予定だ。


「ちぇっ…じゃあ北海道で飲むの楽しみしてるよ。」


「うん、いっぱい水筒に入れておくからな。」


水筒になみなみに水を汲むとそれを饗場の痛車へとしまう。お腹もふくれてしっかり休憩も取ったので谷川岳パーキングエリアを後にする。


現在の時刻は8時30分。



関越自動車道を走行中─


谷川岳パーキングエリアを出るとすぐに関越トンネルへと突入する。


群馬県と新潟県を繋ぐ全長11km元日本一長いトンネルであったが現在は首都高速中央環状線の山手トンネルが日本一となっている。


もちろんおっさんの俺が子供の頃は正真正銘日本一長いトンネルだったのだ。


「おおートンネルの出口が全然見えないね。」


「11kmあるからね、トンネル途中の壁に群馬県と新潟県の県境の線が引いてあるから見つけてみな。」


長いトンネルの壁には大きな文字で距離が描かれているのでどれだけ進んだのか視覚で確認が出来るようになっている。


ただし、やはりトンネル内は暗いので車との距離感を取りにくい、速度の出し過ぎには注意が必要だ。


「群馬県、新潟県の県境を過ぎたね。」


「それじゃあ関越トンネルを抜けると下りの急坂が待ってるから速度に注意してね。」


「オッケー!」


県境を示す壁面の文字を確認して数分程走り、関越トンネルを抜けると越後湯沢へと入って行く。


下りの急坂とカーブが続くので速度に注意して下って行くと越後湯沢の景観が辺り一面に広がっていく。


夏場なのでもちろん雪は無いがスキー用のリフトが山に見えている。緑の多い街中にはリゾートホテル、高層リゾートマンションなどが立ち並びこれが越後湯沢に来た事を感じさせてくれる。


湯沢インターチェンジを抜けると急坂が終わり緩やかな下り坂を走り続ける事になる。山を下り終わったので標高が低くなる度に気温がぐんぐんと上昇していくのが分かる。


しばらく田んぼが並ぶ田舎の風景を楽しみながらバイクを走らせて行く。


1時間程走ると長岡ジャンクションに入り、関越自動車道が終わり北陸自動車道を新潟方面へと走って行く。


北陸自動車道の走行車線を走っていると追い越し車線を同じ目的地に向かうであろうバイクがどんどんと俺達を追い抜いて行く。


「この人達も全員、北海道へ行くのかな?」


「多分だと思うけどバイクに積載してる荷物で大体分かるかな。」


過ぎ去るバイクの後ろにはツーリングバッグ、金属製のボックスを取付け、外側にキャンプ用マットを括り付けている。中には後ろのカゴに犬を乗せて走っているバイクも居る。


車種もさまざまで大型から中型までネイキッド、スポーツ、アドベンチャー、アメリカンなどあらゆるバイクが新潟に向かって走っていく。


「なんかさ目的地が一緒だと嬉しいね。」


「そうそう、このバイク達が北海道へ行く感じを強く意識させてくれるんだよね。」


過ぎ去って行くバイクを眺めながら走行する俺達3人、このまま順調に新潟フェリーターミナルへと行けると思ったのだが。


「ところでハル、そろそろ…。」


「やっぱりギリギリ持ちそうにないね…。」


俺と一花のバイクの給油ランプが点灯している。


高速道路は燃費が良いので結構長持ちするのだが流石に300km近い距離は一気に走れない。特にオフロード車などの燃料タンクが小さいバイクであれば頻繁に給油しなければならないので大変だ。


ゴールまであと少しだがバイクツーリングの鉄則『給油ランプ点きそうになったらガソリンを入れろ!』だ。


ここからの距離だとギリギリで黒埼パーキングエリアにあるガソリンスタンドに間に合う。少し予定を押してしまうがガス欠のリスクを考えて仕方なく給油を行う事とする。



黒埼パーキングエリア─


現在の時刻は10時07分。


渋滞や事故も無くほぼ時間通りで皆、高速道路に慣れたのか早く到着出来ている。少し安心するがまだゴールではない。黒埼パーキングエリアに入ると施設には寄らずすぐにガソリンスタンドへ向かい給油を行う。


高速道路のガソリン代は高く設定されているがお金持ち女子高生二人組には蚊に刺された程度の出費である。ただスターバックスコーヒーを横目にスルーするのは痛恨の極みだ。


「この暑さで食べるフラペチーノはさぞかし美味しいんだろうな…。」


「一花、我慢我慢!お店見たけど凄い人が並んでるからダメだよ。」


暑さでスターバックスコーヒーには長蛇の列が出来ている。バイクの後ろにフラペチーノ製造機を取付けたい位だ。


「給油オッケーです!」


ガソリンスタンドの店員が元気良く声を上げると料金を支払い急いで出発する。


新潟フェリーターミナルまであと少しである。

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