(3)

「おい、深谷ふかやってどこだよ? いや、まさか、本当マジで埼玉のか? 上野から電車で1時間ぐらいかかる、あそこか? 何で、そんなとこじゃないと人を引っ張って来れねえんだよッ⁉ そんなとこで仕事やってた田舎もんのドン百姓が、この新宿でマトモに仕事出来るとでも思ってんのか?」

 阿倍は、この前「デカい仕事」を回してくれた半グレの事務所に来ていた。

 何が起きたのか、阿倍は良く知らないし、知らない方が長生き出来るだろう。

 どうやら、この半グレ集団がやっていたデリヘル事業が潰れてしまったらしい。

 女だけではなく、マネージャーなどの男も居なくなった。

 だから、他の組織から、デリヘル事業の経験が有る奴を引き抜く必要が有るようだ。

 一時間以上待たされて、半グレのリーダーがようやく阿倍の方に顔を向ける。

「おっちゃん、何の用?」

「す……すいません……」

 この光景を見たら、阿倍が、三次団体とは言え、「名門」の系列組織の組長と言っても誰も信じないだろう。

 半グレ組織と阿倍の組の力関係は、そんな感じだった。もっとも、阿倍の組は組長以外の組員はゼロだが。

「誰が謝れって言ったんだよ?」

「え……えっと……」

「おい、誰が謝れって言った?」

「あ……あの……」

「大体、何で謝った?」

「い……いえ……その……あの……すいません……」

「おい、俺は、何で謝ったのか説明しろ、って言ってんだよ」

「あ……あ……すいません、すいません」

「てめぇ、何か俺の知らない所で、俺に謝んなきゃいけねえような不始末でもやりやがったのか?」

「ちがいます……すいません」

「じゃあ、何だよ、一体? あんた、とうとう老人ボケになって脳味噌ん中から『すいません』以外の言葉が消えちまったのか?」

「すいません……」

「何だよ、イライラするおっちゃんだな。『すいません』しか言えねんなら帰れ。そして俺達の命令だけ聞いてろ」

「……すいません」

「全く判ってねえ爺ィだな。老人ボケなら、俺達に言われた事だけしっかりやってろ」

 そして……とうとう泣き出した阿倍を見て、「事務所」にたむろしている阿倍より遥かに若い男達が一斉に嘲るような失笑をもらす。

「すいません、頼みが……」

「はぁ?」

「1回だけ仕事を無料にしますので、1人殺してもらえませんか?」

「何言ってる? 誰をだ?……ふざけてんのか?」

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