不穏な集落

C男さんはとある町に単身赴任でやってきた。


運動のためランニングしつつ、見知らぬ町を見て回ることにした。


C男さんの通勤ルートからはずれて少し歩くと、林に囲まれた非舗装の道路があった。


その道を抜けると、古い家屋が並んでいた。


並んだ家屋は、広い敷地に納屋などを備えた、古くからの農家といった佇まいだった。


C男さんはあちこち回ってみたが、人の姿が見えない。

崩れた納屋や、蜘蛛の巣の張った農機具庫、パンクしてボディの錆びた軽トラ、ガラスの割れた母屋…

どの家も廃屋のようだった。


だが、壮年向けの下着や手ぬぐいなど洗濯物が軒先に干してあった。  


人はいるのだろう。


人がいるようで、人けがない。

周囲には不穏な空気が漂っていた。


C男さんがその集落の奥へ入ると、突き当りにひときわ大きめの家があった。


その家も2階の窓ガラスが割れていた。


C男さんが2階を見上げていると、突然目の前の納屋から老人が飛び出してきた。


老人は左腕の肘から先がなく左目も空洞になっていた。

汚れた作業ズボンに、赤茶けたシミの付いた肌着を着ている。


老人は険しい顔をして、右手に鎌を持っている。


C男さんは悲鳴を上げた。


「やってやる!やられっぱなしと思うなよ!」

老人は叫ぶと、鎌を振り上げ、肘までの左腕をぐるぐると振りまわした。

老人の片目は血走り、殺意すら感じた。


C男さんは全速力で逃げたそうだ。



後日C男さんは知人に事情を話した。

知人は「いわくつきかも知れない」と一緒に事故物件を掲載するサイトを見た。


その一帯は事故物件が密集していた。


C男さんが老人に出くわしたあの家を中心に、数年にわたる不穏な事件や怪死の情報が多数掲載されていた。


C男さんは不思議に思った。

あの老人は奇妙だったし、警察沙汰にしてもおかしくなかった。

C男さんはあの老人が全て巻き起こしたのかと思った。


だが、これだけ不穏な事件や怪死が一人の手によって起こると言うのは不自然である。

老人は警察に捕まって刑務所にいるわけでもない。


「やってやる!やられっぱなしと思うなよ!」

老人の言葉を思い出した。


C男さんはある可能性を考えた。


老人は何かに巻き込まれているのでは…


老人は、集落を飲み込もうとしている何かに立ち向かっているのではないか…


C男さんはそう考えると、隻腕で孤独な戦いをする老人の身を案じた。


だが、不穏な集落には戻る気がしなかった。


C男さんは「取り越し苦労かもしれないし、野次馬根性で命を危険に晒したくない」と思ったそうだ。


【おわり】

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