第12話 無双はできてもハーレムはできない
『なんですかあの女どもは。マスターに近づいて、マスターのことを見て、マスターに話しかけて、マスターを食事やダンジョンに誘ったりなんかして。意味が分からないわけがわからないマスターは私のものなのにマスターは私だけのマスターなのに。マスターに近づいていいのは私だけマスターを見ていいのは私だけますに話しかけていいのは私だけマスターを誘ってもいいのは私だけマスタ-に――』
「あ、あの。レーヴァ?」
やばい。
なんかやばいスイッチ入ってしまった。
レーヴァの病みスイッチが本格的に入ってしまったと感じる。
『マスターもマスターですよ?』
え、俺?
矛先が女性陣から俺に向かった。
『マスターは私のマスターなのに。永遠を誓いあった恋人同士なのに。契約を交わし合った仲なのに。最高のパートナーで婚約者で恋人で魔剣と魔剣使いで夫婦なのに。あんなどこの馬の骨ともわからない尻軽のあばずれたちに近づくなんておかしいですよね。あんな顔も体も頭も力も未熟で未成熟な劣等の女たちを見るなんておかしいですよね。あんな甘ったるい声を出を出して男に媚びることしか能がない女たちに話しかけられるなんておかしいですよね。あんな勇者とかいう肩書きに惹かれてよってきた虫けらのような女たちに誘われるがままにしているなんておかしいですよね。マスターは私(レーヴァ)以外の女に近寄らず、私(レーヴァ)以外の女を見ず、私(レーヴァ)以外の女に話しかけず話しかけられず、私(レーヴァ)以外の女に誘われることもしちゃいけないんです』
「……そ、それは、言い過ぎじゃ――」
『はい?』
「いえなんでもないですごめんなさい」
ず、ずいぶんと荒ぶっていらっしゃる。
普段は嫉妬することはあっても他人を卑下するようなことは言わない。
それなのにこれだけ女性陣に対して文句を言っているということは、相当腹が立っているということだろう。
ここは逆らわない方がいい。
『それに、問題はあの糞の詰まった肉袋のような女だけじゃないです』
「え?」
『あの、さきほどの男からもらった短剣です』
短剣って。
あ、さっきジェットさんからもらったこれか。
「ああ!」
やばい!
そういえば、レーヴァは女だけじゃなくて自分以外の武器にも嫉妬するんだった!
忘れてた!
『私以外の武器を手に取るなんて何を考えているんですかマスター』
「こ、これはね……」
『しかも、よりにもよってそんな加護のついた嫌な臭いのする短剣を!』
「嫌な臭い?」
俺はジェットさんから貰った短剣を嗅いでみる。
特に臭いなんてものはしないが。
『物理的な臭いではありません。その加護が、嫌な臭いなんです!』
「加護。そういえば、聖なる加護があるってジェットさんが言っていたけど、それのこと?」
『ええそうですよ! 嫌です。最悪です。気持ちの悪い!』
「気持ち悪いの? 加護っていいものじゃないのか?」
『いいわけないでしょう! 聖なる加護がついた武器なんて、私が一番嫌いなタイプの武器ですよ!』
あ、そうなんだ。
なんでだろう。
もしかしての話だが。
レーヴァは魔剣で、どちらかというと魔とかそっちよりの属性だから。
だから聖なる加護とは相性が悪いんだろうか。
『あのジェットとかいう男、そんな気持ち悪いついた短剣を渡すなんて。マスターに命を救われておきながら恩を仇で返すなんて。最低です!』
別に仇で返されてはいないんだけどな。
すくなくともジェットさんは善意で渡してたろうし、実際に悪い贈り物でもないし。
ただレーヴァがとても嫌がっているだけで。
「ま、まあまあ。これは使わないで後ですぐに武器屋にでも売りに行くよ。それでいいでしょ」
『い・ま・す・ぐ! 捨ててください! 私以外の武器というだけでも嫌なのに、それなのに聖なる加護のついた気持ち悪い武器なんて。そんなものをマスターが持っているという事実が耐えられません。汚れます』
そんなことを言われても。
俺がジェットさんからこの短剣を貰っていたことは周りの冒険者が見ている。
それをいまここですぐ捨てるなんてことはできない。
さすがに人聞きわるいし、俺も貰い物をその場ですぐ捨てるなんて真似は好きじゃない。
『どうしても、私の言うことを聞いてくれないんですね』
レーヴァの、冷え冷えとして声が頭の中に響く。
『私がこんなに嫌だと言っているのに、マスターは女のいるところに行くし、私以外の武器を所持するし。もう我慢できません……』
そう言ったあと、レーヴァはいきなり魔剣の姿から人型になった。
長くて美しい黒髪をもつ美少女が現れる。
人型になったレーヴァだ。
やはり人間の形態になれば美しいのだが、しかし目はハイライトが消えている。
あ、やばい。
これはかなり病んでいる。
「レ、レーヴァ。外で人型になるのは珍しいね……」
レーヴァは宿の中ではこの姿になるが、外ではあんまりこの姿になろうとしない。
自分の人間形態を俺以外の他人に見られるのが嫌だと言っていた。
それなのに人型になるということは、それなりの思いがあってやっているのだろう。
それなりの思いが。
重い思いが。
「マスター」
彼女は人型になれば、頭の中に声を響かせるだけでなく、普通に声が出せるようになる。
これで周囲の人間にも彼女の声が聞こえるのだ。
周りの人がいきなり現れた彼女に対して驚いている。
「ええと、どうして急に人型になったの?」
「そんなの、マスターを連れていくからに決まっています」
「どこに?」
「私とマスター以外の誰もいない場所に、です。そこで私と一緒に暮らしましょう。ついでにどこにもいかないように監禁させていただきますね?」
「え?」
「外は危険です。マスターをつけ狙う女どもがたくさんいます。いいえ女だけじゃない。男も危険です。いつ先ほどの男のようにマスターに武器を渡すかわからないのですから。人がいないところ。そうですね、人里離れたどこかの田舎にでも一軒家をたてて、一緒に暮らしましょう。マスターがどこかに行ってしまわないように、手足を縛って。いえ、手足を切り落としたほうがいいですね。そして私にお世話をされながら一緒に暮らしていくんです」
いつか聞いたような計画をハイライトの消えた目でつぶやき続けるレーヴァ。
「マスターが悪いんですよ?」
ハイライトの消えた目で首を傾けるレーヴァ。
これはやばいですねはい。
「わ、わかった。わかったわかった! もう女のいるところに行かないし、武器も手に取らない。それでいいだろ!」
じわじわとこちらに近づく彼女を必死に手で制しながら言う。
「わかってくれましたかマスター。もう絶対に他の女のいるところに行かないで下さいね? もう絶対に他の武器のあるところに行かないで下さいね?」
「あ、ああ。わかった。誓う」
「ああよかったです」
レーヴァは晴れやかな顔になった後、周囲の人に向かって告げる。
「そういうことなので、貴方たちはもうマスターに近づいてこないで下さいね? わかりましたか?」
「「「はい」」」
その場にいた全員が、素直にそう返答した。
薄情とは言うまい。
レーヴァの雰囲気が恐ろしすぎて逆らえないのだ。
「それじゃあ行きましょうかマスター。これから一緒にデートに行きましょう」
彼女は俺の手を取って腕を組み、ギルドを出る。
その手はがっしりと俺の腕を掴み、絶対に逃げ出せないように拘束していた。
どうしてこんなことになったんだ。
俺は自問自答する。
冒険者として名を上げて女を囲ってハーレムを作るという初期の目標はとっくに破綻している。
確かに魔剣を拾って強くなった。
冒険者として名を上げることもできた。
だが、どんなに魔物や魔人相手に無双することができても意味はない。
ヤンデレに拘束される日々が始まってしまったのだ。
人間の女と付き合うこともできず、ハーレムなんてもってのほかだ。
「マスター。私とずっと一緒にいましょうね。私だけとずっとずっとずーーーーーーっと一緒にいましょうね?」
ああ、まったく。
拾った魔剣がヤンデレすぎて、無双はできてもハーレムができない……
拾った魔剣がヤンデレすぎて、無双はできてもハーレムができない 沖田アラノリ @okitaranori
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