第3話

「初めての土地でいろいろ大変でしょ。なんでも相談してね」


 入居日の翌日。そう言ってやってきたのは地主である山田さん(仮名)の奥さんだったそうだ。


「すみません、こちらから挨拶に行くべきところ。こんなに野菜までいただいて」


「いいのよぉ。これからご近所さんになるんだし。それより、すごいわねえ、旦那さん、IT企業にお勤めなんですって? 奥様も同じ会社にお勤めなんでしょ。すごいわねえ。私なんてパソコン使ったこともないの」


 そう言うと彼女は、ジロジロと家の中を検分するように見て回ったそうだ。

 いくら売主といえど、一度他人のものになった家の中を勝手に見て回るなど非常識極まりない。さやかさんはそう思ったそうだが、相手が相手ゆえ、何も言えなかった。


「ここを子供部屋にするのねえ。ここがご夫妻の部屋かしら」


 一通り見て回って満足すると、山田さんは帰って行ったそうだ。田舎というのはこういうものなのかと、どっと疲れてしまったさやかさんだったが。受難はこの後も続く。


「こんにちはー!」


 翌日からは、近所の子供達が挨拶に来るようになった。親が挨拶に来ず、子どもだけがやってくるとはどういうことかと思ったが、追い返すわけにもいかない。


「わあ! 赤ちゃん! 可愛い〜撫でてもいい?」


「ちょ、ちょっと待って。触るなら手を洗って……」


 外からやってきた手で赤子を触られるのは嫌だったので、さやかさんは彼女らを手洗い場に案内したらしい。この日やってきたのは女の子三人。聞けば全員小学校五年生だという。


 なお、地主がやってきた時も、子供達がやってきた時も、さやかさんの夫である太一さん(仮名)は一度も応対にでてきていない。さやかさんがまだ育休中のため、家のことは彼女がやり、太一さんは個室で仕事に専念しているのだという。


「可愛いねえ〜。手もちっちゃい!」


「私も妹が欲しいなあ」


 きゃっきゃとはしゃぎながら娘を愛でる子供たちを見て、初めは苛立っていたさやかさんも、多少微笑ましい気持ちになったそうだ。

 ある程度赤子を愛でて満足したらしき彼女らは、今度は興味をさやかさんに向ける。


「さやかさんはいつも家にいるの?」


「旦那さんは部屋から出てこないの?」


 まるで探るような質問の数々に、さやかさんは思わず顔を顰めてしまったそうだ。すると空気を読んでか、リーダー格らしき光希ちゃん(仮名)という女の子が、帰り支度を始めた。


「またくるね、さやかさん。さやかさんに会いたいって子がいっぱいいるから、今度はその子達も連れてくるね」


 帰りがけに放たれたその言葉に、さやかさんは口の中に苦いものを感じたと言う。



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