第4話 護堂ヒイロと☆0狩り

 早いもので、この地球都市へやってきてから一年が経とうとしていた。


 魔力放出も大分板についてきて、最近では単なる放出の域を超えて操作と呼べる段階まで成長した。


 それに付随して難易度の高い大気中の魔力操作も上達し、遠隔攻撃も可能になったのだ。

 

 しかし戦闘力に関しては申し分ない水準に達した一方、肝心のダークヒーロー像についてはまだ固まりきっていなかった。

 

 どこかに丁度いい感じの悪の組織とか腐った社会とか落ちてないかなー。


 そんなある日のことだった。

 最安値の物件に引っ越した先で運命の出会いを果たしたのだ。


「本日隣の404号室に引っ越してきました黒樹英人と申します。 こちら心ばかりの品ではございますが、よろしければお受け取り下さい。 どうぞよろしくお願いいたします」


 そういって手土産を渡した相手は、燃えるような赤髪と褐色の瞳をした青年だった。


「え、わざわざありがとうございます。俺は護堂ごどうヒイロっていいます。えっと……同じくらいの年齢、ですよね?」

「ええ、多分。今年で16歳になります」

「なんだ同い年じゃないか。だったらタメ口でいい。その方がお互い楽だろ?これからお隣同士仲良くしてくれると助かるよ」


 ハッキリ言うと初対面の印象は「なんだこいつ馴れ馴れしいな」といったものだった。


 だからその場では作り笑いで凌いで、顔を合わせたら話す程度の関係に留めておこうと決めていた。


 しかし事件は起こった。


「よーおっさん、俺たち金欠でヨォ、ちょっくらお小遣いくれると助かるかなァって思うんだけドォ、とりあえず五万くらい持ってねぇかナァ?」

「ご、五万なんてそんな!月の食費を一万円でなんとかやりくりしてるっていうのに渡せるわけ」

「るっせぇなぁ☆0のクズが!ゴチャゴチャ言わずに渡しゃいいんだヨォ!」


 おっさんが人気の少ない夜道で、語尾のイントネーションが特徴的な暴漢たちに襲われていたのだ。

 しかし今は偽装工作や処理の下準備も済んでいない。


 助けるべきか迷っていると、空を裂くような声が響いた。


「待て!その人から離れろ!」


 なんと、護堂ヒイロが間に割って入ったのだ。


「ああ、んだテメェ!ぶっ殺されてぇのかアァン!?」

「どうせここらに住んでる☆0の能無しだろ!俺たちゃ☆2のスキル使いだゼェ!?」


「関係ない。その人から離れろって言ってるんだ!」


「善人ぶりやがってムカつくゼェ!俺のスキル『火炎放射フレイムスロワー』を喰らエェ!!」

「分かるぜケンゴォ!俺の『土石弾丸ロックシュート』もお見舞いしてやるゼェ!!」


 暴漢たちのスキルによる攻撃が護堂に向かって放たれる。

 そのまま哀れ大怪我を負うことになるかと思いきや、


「――『祓魔ふつまの魔眼』」


 彼の瞳が褐色から切り替わる。

 まるでブラックホールのような漆黒の瞳孔と緋色の虹彩へと変化した眼で、力強く両者の攻撃を睨みつける。


 すると――火炎と土塊は、まるで割れたガラスのように砕け散り、溶けるように消え去ってしまったのだ。


「なっ……俺のスキルが消えただトゥ!?」

「馬鹿な、ありえネェ!?」


 しかし実際、彼らのスキルは消失していた。

 護堂はそのまま走り出すと、拙いながらも魔力放出の伴った拳を二人にお見舞いして倒した。


 間違いない。あの無効化は彼が意図的に引き起こしたのだ。


「大丈夫ですか、立てますか?」

「あ、ああ……本当にすまない、そしてありがとう。こんなおっさんを助けてくれて……」

「助ける相手の属性で差別なんてしませんよ。目の前で困ってるなら誰だろうと助けます」


 自宅の方へ歩いていくおっさんを見届けて満足そうにしている護堂に対し、興味を惹かれたので話しかけることにした。


「……凄いな、今の」

「えっ!?うわっ、黒樹か!?いきなり声かけるなよ、ビックリするじゃないか」

「悪い。でも本当に尊敬するよ。俺なんか怖くてあっちの隅っこの方で隠れて動けなかったんだ」

「あ、ああ……見てたのか。いや、それが正しいよ。☆0狩りの前に不用意に姿を見せるもんじゃない」

「?☆0狩りって?」


 聞き慣れない単語に首を傾げた。

 ここ一年は資金調達と魔力の鍛錬に時間を割いていたので、地球都市の常識や情報についてはまだ把握しきれていないことが多かったのだ。


「もしかして黒樹、お前知らないでこの辺りに越してきたのか?」

「ああ、安くて手頃だったから何も考えずに選んだんだが……間違いだったか?」

「大間違いだよ。ここらは確かに家賃も安いけど、その分☆0も多いんだ。そして地球都市じゃ☆0は差別を受けてる。……もしかしてそれも知らなかったのか?」

「今初めて聞いた」


 どうやら☆0は被差別階級だったらしい。

 無能力者だからといって差別を受けることなどあるのだろうか。


「☆0ってのは何のスキルも持たない人達のことをいうんだよ。地球都市の人口1000万人の中で1万人しかいない、ある意味珍しいタイプだ」

「……それがなぜ差別に?」

「スキルによっちゃ就職にも役立つし、☆3以上は補助金も出る。なによりみんなが能力を持ってる社会じゃ、無能力ってだけで見下されるんだ。だからあいつらみたいな連中も出てくる。☆0狩り……その名の通り☆0を甚振って楽しむ連中さ。自分の力を持て余してるから弱い人たちに向けたがるんだ」


 そういや俺が助けに入った事件の中にも「☆0だから助けはこねぇぜ!」みたいな台詞はつきものだったっけ。

 どうでもよかったので聞き流していた。


「そんなのが蔓延ってるのに警察は何もしないのか?」

「……言いたくないけど、警察どころか国全体が☆0差別の加担者なんだ。スキル研究は国の発展にも寄与してるし、☆5のスキル使いなんて他国への軍事的な抑止力にさえなってるんだぜ。この国はスキルによって成り立っているといっても過言じゃない」


 そうかなぁ。

 そんな被差別階級だという説明はされなかったが……。

 というかよく襲われるからって国家主導の差別だと言い張るのはちょっと無理があるんじゃないだろうか。

 

 確かに無能力だから見下されるというのは理解できるが、そこまでいくと陰謀論に聞こえてしまう。


「ここは日本とは違う。異世界の中世的な階級意識が混ざり込んで出来た国なんだ。だから……そんな差別が横行してしまっているんだよ」


 悲しげに目を伏して、護堂は言った。


 この地球都市は地球からの転移者が主導して建設したらしいが、しかしそれだけでここまでの規模にはならない。


 人口を1000万人まで膨らませるには異世界人との交配は避けられないし、同時に価値観の混入だって不可避だ。


 そうなれば中世的な貴族と平民の階級社会意識が形を変えて持ち込まれたとしても、そうおかしな話ではないだろう。


 国家主導の差別云々はともかく、そういう理屈なら納得はいった。


「イジメも受けやすければあんな連中にも絡まれやすい。知らなかったってことは☆1なんだろうけど、気をつけた方がいいぞ」

「え?あ、そうだな。気をつけるよ、うん」


 本当は俺も同じ☆0なんだけど、訂正するほどのことでもないだろう。


 一通り気になる情報は聞き終えた。

 あと訊ねることは一つ、彼の謎の能力についてだ。


「一つ聞きたいんだが、さっきのはなんだ?瞳の色が変わったと思ったら奴らのスキルが掻き消えた。アレは護堂のスキルじゃないのか?」

「ああ……アレは『祓魔の魔眼』っていってスキルを無効化できるんだよ。ただ地球都市の計測器には引っかからないから、スキルじゃないみたいだ」


 えっなにそれカッコいい。

 無効化で魔眼とか完全に主人公の能力じゃん。


「俺にもよく分からないんだけどな。でも自衛には持ってこいだし、人助けにも使えるんだから便利だよ。神様がお情けで与えてくれたんだと思うことにしてる」

「めっちゃ凄くてカッコいいな……!」

「そ、そうか?そう言われると照れるなぁ」


 なるほど確かに異能を無効化する魔眼があるなら荒事にも対応できるだろう。

 しかし一つだけ疑問があった。


「だが、だからといって☆0狩りに立ち向かうのは危険じゃないか?スキル関係なく複数人に囲まれたら意味のない力だろ」


 魔力放出は使えるみたいだがレベルは低かった。

 つまり戦闘を見据えた修行はしていないか、していたとしても筋トレ程度なものだろう。


 そして百戦錬磨の達人だろうと、大勢に囲まれて鉄パイプで殴打されれば死ぬのが現実だ。


「だというのに、何故わざわざあの場面で助けに入ったんだ?」


 褐色の瞳を真っ直ぐ見据えて問いかける。

 護堂は少しばかり戸惑った様子で目を左右に動かしたあと、照れ臭そうに口を開いた。


「あー、その、この歳で何言っちゃってんだってくらい恥ずかしい理由だから、笑わないでもらえると嬉しいんだけど」

「笑わない」

「――俺、ヒーローになりたいんだよ。だから自分にできる範囲での人助けは、なるべくするようにしてるんだ」


 その言葉を聞いて。

 俺は。

 ダークヒーローを志す者くろきえいとは、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。


 まるで長い間探していたものが漸く見つかったような。

 まるで運命の赤い糸で結ばれた相手と出会った時のような。

 奇妙な多幸感が脳から湧き上がってくるのが分かった。


「……ヒーローか。立派な夢じゃないか」


 最初、俺は護堂のことを同じダークヒーローに憧れた同志なのではないかと疑った。

 けれど違った。


 彼はダークヒーローを志す仲間などではない。

 寧ろ真逆にして王道、正統派の主人公。

 そう、この世界における正義の味方ヒーローなのだ。


「これから長い付き合いになりそうだし、改めてよろしく頼む。護堂」

「ああ分かった。こっちこそよろしく頼むな、黒樹」

「名前でいいぞ。俺も名前で呼ぶことにするから」

「じゃあ……え、英人」

「よろしく、ヒイロ」


 恥ずかしいのか頬を赤らめるヒイロと握手を交わす。

 ダークヒーローになる為に、決定的に欠けていたもの。

 それが今、ようやく手に入った気がする。

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