マイミちゃんファンクラブ

紙月三角

第1話

「それでは……第238回『来留美くるみマイミファンクラブ』の活動を開始します」


 放課後の空き教室。

 会長の照端てるはしユウミは教室の教壇からそう言って、室内にいる他の三人の少女たちを見回す。

 肩にかかる黒髪に、フチの分厚いメガネをかけた真面目風の容貌。だが、その奥の糸目からのぞく眼光は鋭い。まるで、囚人を見張る刑務官のような独特の雰囲気がある。

 日焼け対策のような、両腕を覆い尽くす長手袋ロンググローブも異質な雰囲気を際立たせ、彼女の威圧感を高めるのに一役買っているようだった。



「いつもどおり、二年生の分寺ぶんじさんからお願いします」とユウミにうながされ、

「あ? ……ああ」

 名を呼ばれたショートカットでボーイッシュな少女、分寺ぶんじラーラが、――その可愛らしい名前とは対照的とも言えるような――机の上に両足を乗せた、横柄な態度で応えた。

「今日は別に、アンタに報告するようなことは何もなかったぜ? ああ、至って普通の一日だったよ」

 よどみなく流暢りゅうちょうな答えだ。しかし、それが逆に作り物っぽい。

「……」

 会長のユウミはその違和感をあえて追求せずに、次にその隣の少女に視線を移した。


「では次に……木根きねさんは、どうでしたか?」

「ひぐっ⁉」

 ツヤのない、枝毛だらけでボサボサのロングヘアーで顔全体が隠れてしまっているその少女……二年生の木根きねルシアは、小さな悲鳴とともに臆病な小動物のように体を飛び上がらせる。

「う、ぅ……うぅ……。あ、あの……」

 ユウミに話しかけられただけで、すでに泣き出しそうな顔になっているルシア。さっきのラーラとは大違いだ。それは、気弱で臆病な彼女にしてみれば、いつもどおりの態度とも言えそうだが……。

 今日に関しては、それだけが理由ではないようだ。


「……やれやれ」

 そんな彼女たちの様子に、会長のユウミは、もはや状況をほとんど理解してしまったようだ。

「これは……お二人の心に・・直接聞く・・・・ほうが、早いですかね」

 そう言うと、両腕の長手袋ロンググローブを外し始める。


「バ、バカ⁉ やめろよ!」

 それを見たラーラは、慌てて机に乗せた脚をおろして、従順になってしまった。

「わ、分かったよ! 言う! ちゃんと言うから! ホントは今日、コイツがまた自分の能力・・でマイミのスカートめくって、パンツ見ようとしてたんだよ! だからオレが、それをやめさせて……」

「はぐっ⁉ ひ、ひどい! ラ、ラーラさんだって、『黙っててやるからもう一人・・・・の自分・・・がすることも見逃せ』って、私のこと脅したくせにぃ!」

「て、てめー⁉ それを言うんじゃねーよ!」


 ユウミが本気・・を出すまでもなく、勝手に自白を始めるラーラとルシア。

「はあ……分かりましたから」

 そんな二人に呆れるように、ユウミはため息混じりに言った

「木根さんのスカートめくりについては、また改めて断罪するとして……。とりあえず分寺さんは、今すぐもう一人の・・・・・あなた・・・をここに連れてきて下さい。五分以内に姿が見えない場合、ぬけがけ・・・・のペナルティとして、今月いっぱいはマイミの半径百メートル立入禁止に……」

「わ、わかってるよ! もうやってるっつーの!」



 こんな調子で、学年もキャラも見た目もまるで違う「変わり者」の彼女たちだったが……実は彼女たちには、二つの共通点があった。

 一つは、こんな『ファンクラブ』に所属していることからも分かるように、全員が同じ一人の生徒――三年生の来留美くるみマイミを愛しているということ。

 そしてもう一つの共通点は、その全員が特殊な能力をもった……超能力者ということだ。


 会長の照端てるはしユウミは、素手で触った相手の心を読むことができる読心術者テレパス――彼女がいつも長手袋をしているのは、その能力で不用意に相手の心を読まないようにするためだ。


 気弱な方の二年生、木根ルシアは、離れた位置から物を動かすことができる念力使いテレキネシスト。彼女は暇さえあればその能力でマイミのスカートめくりをしようとしていた。


 それから、横柄な方の二年生、分寺ぶんじラーラは……。


 ガラァッ。

 そこで、教室の扉が開き、

「わりぃーわりぃー! 来る途中で、生活指導のセンコーにつかまっちまってさー!」

 と、「もう一人」のラーラが入ってきた。


「てっめえっ、おせーんだよっ! ペナルティ食らっちまってたら、どうするつもりだったんだよっ⁉」

「あぁ⁉ うるっせぇなっ! そっちこそ、速攻でバレてんじゃねーよっ! お陰で、もう少しでマイミを口説けそうだったのが、台無しになっちまっただろーがよっ!」

 そんな口論をしていた二人のラーラは、取っ組み合いのケンカでも始めるかと思えば……お互いが触れ合った瞬間に体が重なって溶け合い、最後には一人になってしまった。

 彼女は、分身能力者ドッペルゲンガーだった。



 そして……。

「あっはははー! 先輩たちって、ホーントしょーもないよねー?」

 そんな三人のことをバカにするように、このクラブ唯一の一年生……丸美まるみエチカが茶髪を揺らして笑っている。

「自分たちで決めたルールくらい、ちゃんと守ろーよー? そんなんじゃ、マイミちゃんから嫌われちゃうよー?」

 いまどきのギャルっぽい風貌のエチカ。派手な髪型や手入れされたまつ毛、アクセサリーやネイルにも相当こだわりがありそうだが……そのなかで唯一、無骨な色付きメガネだけがアンバランスで、浮いて見える。


 実は……丸美まるみエチカは、透視能力者だった。彼女がかけているメガネは、ユウミの長手袋のように透視能力を封じ込める力があったのだ。

 ただし、彼女の場合はユウミのように自分の能力が不用意に発動するのを自ら抑止しているわけではなく……その能力でマイミの裸を見ようとする彼女を抑え込むため、他の部員たちからなかば強制的にそのメガネをかけさせられていたのだが。



 こんなふうに。

 彼女たちは四人とも来留美くるみマイミの熱狂的ファンであり、同時に、特殊な力をもった超能力者だった。

 放っておけばその能力で欲望のままにマイミに襲いかかってしまう自分たちを、お互いで監視し合ってマイミを守る。それが、この『ファンクラブ』の活動内容だったのだ。

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