婚約破棄されたので真実の愛を求めて王国を蹂躙します~老害と言われた公爵家の令嬢は鮮血を浴びて第二王子の手を掴む~

紅島涼秋

公爵令嬢の恋

 貴族学校の庭の箸、公爵令嬢が許可されたものしか訪れることができないバラ園の一角で、少女と一人の男子が向き合っていた。

 少女は椅子に座りながら、男子は地面に土下座しながらその頭を少女の美しく彩られたヒールのある靴底で頭を踏みつけられていた。


「オーホッホッホ。所詮あなたは卑しいのよ、私のお願い、聞いてくださる?」

「うぅぅぅ、はい、わたしめはあなたの言う事に逆らいません」

「もう勘違いなんてしないことね。わかったかしら?」

「はい、もうわたしはリディア公爵令嬢様には逆らいません」

「ええ、ええ、当然ですわね? でも、それだけじゃないでしょう。私、言わなかったかしら。それとももう一度言ったほうが良くて? その時はあなたの一族の首まで飛びますけれど」

「ひぃぃぃぃぃ、お許しください。申し訳ございませんでした。わたしめは、あなた様の派閥に逆らいません。一生を捧げてご奉仕させていただきます」

「そうよねぇ? 当然よねぇ?」

「はい、そうでございます」

「じゃあ、もう行っていいわ。消えなさい」


 男子は情けなく這々の体でその場から逃げ出して、公爵令嬢リディアは情けないと不満を口にして少々優美でない態度を出して、立ち上がる。少しばかり離れていたメイドが慌てて布を持って近寄ってきた。


「ああ、お嬢様、下賤な男子の髪を踏んでいた靴を磨きませんと! それにそろそろ会場でパーティーの予定ですので整えなくては」

「ええ、そうですわね。そのためにあの男をとっとと帰したのよ。はあー、殿下はなんと?」

「まだ終わらぬようなら先に行く故、すぐ来るようにとのことです」

「もう! エスコートをしないとは、最近の学校の貴族男子たちはマナーがなってませんわね」


 メイドの賛同の声に頷きながら、自室へ戻ってドレスを着替える。今日のパーティーは貴族学校内でのありきたりな縁繋ぎだが、将来にとって大事な式典だ。

 こういう積み重ねが将来の后として権力を握るのに大事なのだと、彼女は思っている。

 彼女は気合を入れて、パーティー会場に向かった。


 華やかなパーティー会場、貴族の男女たちは優雅にグループを作ってすでに歓談していた。貴族女子が一人で扉から入ってきた私をみてヒソヒソと耳打ちしている。


(こういう事があるからエスコートされないと困るのですけれど、自由奔放な殿下にも困ったものですね)


「あら、遅れてしまったかしら」

 わざとらしく彼女が大きな声を発すると、ぴたりと雑談が止まった。うやうやしく大半の貴族たちが頭を垂れる。


(あら? 土下座しているみっともない貴族がいますわね)


 よくよく見れば先程、彼女が頭を踏みつけていた男子だった。よくもまぁあんな事がありながらすぐにパーティー会場に参加できるものだと、その男子の図太さに感心してしまう。

 しかしながら、静まり返っている空気がいつもと違うのに彼女は気づいた。可愛らしく首をかしげた彼女の元へ、男女のグループが堂々と歩み寄ってくる。


「まあ、殿下。どうしてお先に向かったのでしょうか」


 鋭い切れ長の目に金髪をなびかせた線の細い男が、堂々とした声を発して彼女に応じた。彼が第一王子であった。


「リディア嬢! 貴様の数多の行いは目に余る!」

「いきなりどうしたのですか殿下」

「お前の話を聞く気はない! まずはこの平民出身というだけで行われたアリア嬢への悪質ないじめ!」

「一体何のことでしょう?」

「平民と言って学校から出ていけと何度も迫り、あまつさえ貴族寮からも追い出そうとしたと聞いているぞ! さらに自発的に出ていかなければ部屋も荒らしたそうだな!」

「私になんという事を言うのですか!」


 事実だがなぜそんな事を婚約者である自身へ言うのかと思ったリディアは声を荒げるが、王子は止まらなかった。彼女は目の前で行われるショーが何か徐々に理解できた。

 王子の言葉を引き継いだのは現王国宰相の息子だった。青い髪とメガネをかけた男子が彼女を指差す。


「そして、数々の貴族子女たちへの陰湿な行為!!! 将来国政を担う貴族にあるまじき貴様の蛮行、許されるものではない!!!」

「そんな、私は必死でしたのに!」

「リディア様は私が平民出身であることを常に妬んで」

「平民を妬む!?!? 私をそんな浅慮な人間と口にする、その浅ましい醜い口を持つのはどういう了見でしょうか!? 」


 彼女の叫びは貴族には届かなかった。王子が彼女の声に怯えたアリアを腕の中に納めた。その姿を見た瞬間、彼女の頭が怒りで沸騰する。流れる黒髪を彼女の右手が強く掴んで,叫んだ。


「なんということでしょう! この怒りが古の鬼のように赤く染まれば、どれほどの私の怒りが今我が身を焼こうとしているか皆にわかるというのに!!!」

「黙れ! 愚かな公爵家の娘が!」

「家までけなすと!」

「家格のみで王子の婚約者となった老害家が何を言う!」

「宰相の息子まで! あなた達、我が家をけなしたこと後悔なされるわ! 私は次期后なのですよ!」


 私の叫びに目の前の二人の男子が嘲るように笑った。華やかなパーティー会場があたかも処刑ショーを楽しむ汚い広場と成り下がっていた。

 彼女が眉をひそめて戸惑っていると、平民を腕に抱きしめた王子が大きく一歩前に踏み出し、不躾に公爵の娘であるリディアに指を突きつける。


「私は、このような毒婦となりうる公爵嬢リディアとの婚約を破棄する!!!」


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」


 呼応するようにパーティー会場にいる貴族子女たちが品もなく雄叫びのような喝采をあげた。会場の床をビリビリと揺らすその歓喜の叫びにリディアはたった一人だった。


「この国のために、私がしてきたことが……なんということを!」

「くどい! 今すぐ斬首されたくなければ早々に貴族学校を退学し我らの目が届かぬお前が蔑すんだ平民にでも混ざって生きるが良い!!」


「ああ、なんてことを! 絶対に許しません。許しませんわ」


 常日頃、貴族として優雅な所作をと教えられてきたリディアは、人前でみっともなく走り出した。リディアの声は歓声にかき消されてもはや誰にも届かなかった。



 走り出したリディアが貴族学校の門前にいた安い馬車に飛び乗り、たどり着いたのは公爵家本邸だった。国のためにばかり金を使ったせいで一向に建て替える余裕のない屋敷は古臭く陰険で、そこから現在当主のひげを伸ばした祖父がのそのそ姿を見せると、老害一家とよく揶揄された。

 急に家に舞い戻ったリディアを見て、祖父と父は驚愕していた。

 その姿があまりにも日頃の教育で押し込んだ優雅とは程遠い態度だったからだ。


「ああ、どうしたんだいリディアそんな姿で!」

「お祖父様、いいえ、当主様」


 リディアの真剣な声を聞いて、それまで好々爺然としていた祖父の顔が当主の威厳を見せた。


「今夜、王子から貴族学校で全学生たちのまえで、婚約破棄を言われましたわ。私、あまりのショックで」

「……何があった」

「あの、元他国領であった平民上がりが第一王子の歓心を見事買いましたの。その結果、第一王子は私との婚約を破棄し、アリアを選びましたわ」

「なんと愚かな。あの夷狄出身の娘を!? そんな物が皇后になれば」

「ええ、これはもう学校からすぐに広がってしまいます。今すぐ手を打たねばなりません。ですから、」

「ああ、王へすぐに上奏せねば」

「当主様、そんなものは必要ありません。滅ぼしましょう」

「何?」

「今こそ、我が家はこの愚昧な王子を廃嫡させ、第二王子を擁立するのです」

「いきなり何を恐ろしいことを!」

「反対などさせませんわ! この家は、私のものですもの!!!」


 リディアが声を上げると一斉に屋敷を守っていた兵士たちがなだれ込む。


「な、何おおおおおおお!」

「当主様、次期当主様、御免遊ばせ。粉骨砕身捧げてきたこの王国にも、常に老害一家と蔑まれし我が家もとうとうお返しする時が来たのです。兵たちは望んでいました。領民たちは願っていました。多くの貴族子息たちは豚のように私の足にひれ伏しながら、こうして私に、いいえ我が家の格にケチをつける始末!

 敵には報いを!!!!」

「「「かたきにはむくいを!!!」」」


 リディアの祖父と父親は捕まり、今は地面に無理やりふせられている。

 彼女のもとに一人の兵士が剣を持って近づいた。当主である祖父がことさら信任していた騎士の一人である。黒髪を携えた騎士は、我が身を助けろという当主の言葉を無視してリディアの前にひざまずいた。

 騎士から二振りの剣がリディアに渡される。

 この家の当主を表す剣である。


「やめなさいリディア!」

「さよなら、お祖父様、お父様。

 我が家を追い落とさんとする第一王子勢力の貴族の手によって、お出かけ中に祖母も、母も、妹も亡くなられるなんて!!!!」

「リディア!! なんということを!!」

「実の妹まで手をかけるつもりか!!」

「ええ、そうですわ!!!!! 王に恭順を示す愚かな婚姻をなんとも健気な公爵家ですこと! 娘を人質代わりと王家に送って頭を垂れる行為、他貴族からは増長と言われ、王家からは言うことを聞く人形を送れと不満を言われ! そんな妹があまりにも哀れでなりませんわ」

「姉妹でこのような殺し合いをせぬために王家に送ったというのに」

「愚かですわね! だって、あの第二王子との婚約者となっている妹がいると、私が第二王子様と婚姻を結べませんもの! たった二歳違うだけで、私は第一王子、妹は第二王子!!! なんということでしょう!!」

「貴様ぁ!!!! 第二王子に懸想しているとは思っておったが、第一王子と婚約を了承したではないか!」


「アハッ。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」


 狂気の笑い声がホールに響く。リディアが剣をかざした。


「その第一王子と婚約が破棄されたのです! 私は!!! 真実の愛もこの国も、お祖父様のお望み通り手に入れますわ!!!」


 王国歴136年初夏、公爵家から突如火が上がり一夜にして周辺の貴族街は火に巻かれた。合わせて貴族学校に暴徒たちが乱入。

 貴族学校にいた貴族子女たちの中でたった一人、平民出身の少女だけが生き延び、他第一王子を含む全ての貴族が死亡した。他に生き残ったのは、その日偶然学校に行かなかった生徒たちであった。



 一人の少女が炎の館と兵士たちを背に前へ進む。


「檄を飛ばしなさい! 公爵家が立つと。密約を果たさせますわよ」

「は!」


 馬が颯爽と掛けていく。

 周辺の貴族屋敷から、慌てた様子の貴族たちが姿を表すが、一部の貴族は鎧を着て道へ飛び出し、そうして、リディアを見つけて膝をついた。


「今まで豚のように足蹴にしてきた貴族の子たちを、どうして派閥に入れと約束させたと思いますの。まさか、子供の間の話だけだと思っていた、愚かなバカどもは学校にいるわけありませんわよね?」

「愚かな子がリディア様のご不興をかったことまことに申し訳なく」

「良いのよ。これからこの国を立て直し、盛り上げましょう?」

「ハハッ!」


 彼女は膝をついた貴族を置き去りに歩き出す。ゆっくりとだがその足踏みは地面をしっかりと捉えてまっすぐ躊躇はなかった。


「さあ、この恋が!愛が! 私の身を滅ぼすか! 運命の戦いを始めましょう!!!」



 鮮血公爵令嬢リディアの戦いは、王国136年始まり、1年後終わりを迎える。

 たった1年という内戦だが、その傷は大きく政を行えなくなった国王が交代した結果混乱が発生した。

 次代の国王はまだ成人ではないがために発生した混乱の中で、当時の王国史に専横を極めた后の名前は記されていない。


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書きたくなったので書きたい部分だけを書きました。

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