第178話 体験

 俺とカナタは猿助さんを連れて例のアパートに来た。

 アパートを見上げる猿助さんがゴクリと生唾を飲んでから口を開いた。



「けっこう……古くて雰囲気があるでごさるな」

「ボヤ騒ぎも起きたしな」

「じゃあ階段上がって入ろうか」

「ああ」



 カナタに促されて鍵を持つ俺が先頭に立って階段を登った。


 すっかり夜なので周囲は暗い。


 部屋の前まで来てからポケットから鍵を出し、いざカギ穴に入れようとするも、



「やっべ暗くて鍵穴が見えない」



 えーと、スマホライトの機能はどれだったか。

 慌てふためいて思い出せない。



「僕がスマホのライト当てるね」

「廊下のライトも死んでるでござるな」

「そうみたいだ、あ、ありがとうカナタ」



 カナタが手元と鍵穴を照らしてくれてなんとか入れた。

 中の電気はまだ来てるから入れば明るくなった。



「狭くてすまんが。どうぞ」

「おじゃまします」

「いえいえ、自分の家もたいして変わりませぬ」



 家具のほとんど無くなった部屋は殺風景だった。

 荷物はほぼ別荘地の方に送ったから。


 そして、押入れの前に立つ俺達。



「俺が押入れのふすまを今から開けるから、奥をよく見てくれよ」

「ド、ドキドキでござるな」


 俺が大真面目な顔で言うから冗談だと疑ってる猿助さんでも緊張してきてる様子だった。


 この奥に人為的なドッキリが仕掛けてあるとでも思っているんだろう。


 すっと、ふすまを開けた。


「!?」


 猿助さんの目が驚愕に見開かれた。

 押入れの奥にその不思議な風景が見える。

 いつから異世界と繋がったのか、それは知らない。


 少なくとも建設現場の人も不動産業者も最初の入居者が内見した時にも知らないはずなんで、本当に不思議だ。



「今は夜だし、向こうの景色が暗くて見えにくいけど、本来壁が見えてるとこがあれだぞ」

「か、壁に夜風景の絵を描いてるでござるか?」

「描いてない、じゃあ、俺が行って見せるぞ。カナタ、猿助さんをよろしく」


「はーい」

「え、ちょっ、まっ……」


 猿助さんが戸惑い俺を止めようと声をかけたが、

 俺は構わず押入れの奥に乗り込んで行く。

 そしてスルッと俺は向こう側に立った。


 アパートは二階建ての部屋なのであちらでは普通に足がつくのも不思議な感じだ。


 振り返り、俺は大樹を見つめた。

 俺からはあちら側の二人の姿は見えないけど、一応手を振ったりした。


 ふと、そういや魔法の風呂敷に懐中電灯入れてたじゃん!

 って思い出し、取り出して周囲を照らしてみた。


 これで少しは見えたかなぁ?

 しばらくして俺はまた大樹に手を触れて押入れに戻った。


「おかえり、翔太!」

「あ、猿助さん、大丈夫か?」


 見れば猿助さんは床にへたりと座り込んでいたのだ。


 俺は押入れから出て、な? と言った。


「な、なんという……っ!!」

「驚いただろ?」

「はい、それはもう! で、ではあの美しい異世界風の風景は野生の神絵師のCGではなく!?」


「ああ、実は実写をCGっぽく加工してるだけ」

「あの狐耳の女の子やイケメンエルフは!?」

「ああ、つけ耳じゃなくて本物」

「ああああっ」


 猿助さんは叫んで自分の頬を両手で押さえ、名画のムンクみたいな顔をしてる。



「猿助さん、一応夜だから声を抑えて」


 カナタが焦った顔でやんわり注意した。

 

「あ、すみませぬ!」

「俺がぬるりと行った時はどうしてたんだ?」



 当然の反応だろうが猿助さんの動揺っぷりが凄い。



「しばらく叫ぶ事もできずにへなへなと腰を抜かしたでござる、面目ない」

「叫ぶよりは静かで良かったよ」

「━━はあ、本物の異世界とは……もしかしてお二人のどちらかが伝説の勇者だったりするのでごさるか?」


 まさか!!


「いや別に、当初は異世界言語が何故か分かるだけだったぞ」

「僕も異世界言語だけは何故か理解できて助かったけど特殊能力は翔太と違って何もないよ」

「あちらでどうやって過ごして……あ、冒険者?」

「いや、冒険者はエルフと狐の女の子だけで俺の職業は商人」


「僕は翔太の雑貨屋さんの手伝いをしてる一般人だよ。でも翔太は聖者で癒やしの魔法が使えるようになったよ」


「聖者!? 聖女モノのラノベならわりと読んでたでござるが! 聖者とは!」

「はは、別に俺はTSしたりはしないからな」

「い、異世界、拙者も行けますか?」



 お? 行きたいのか。

 まあ、留守番が欲しいと言っても本人がどうしても行きたいなら別にいいが。


 もし彼もちゃんと行き来可能だったらしばらく旅行とかして異世界楽しんだ後で戻って留守番とかしてくれたらいいし。



「今度お試しで小指の先っぽだけ入れてみるとか。あと、もし通れても片道切符とかだと帰れないからこちらでの未練を無くしてからでないと危険だと思う」

「リアル異世界に行けるなら好きな漫画とかを抱えてあちらに行ければそれでかまわないでござる!」


「視聴中のアニメとかないのか?」

「今季は個人的には不作なので大丈夫でごさる、仕事も辞めるでござる、ブラックなので」

「おっと、そうか。でもほんとに仕事辞めて大丈夫なんだな? 自分からの退職だと貰える金が変わってくるような」


「もうそんなのどうでもいいでござる! あちらの世界にケモミミパラダイスがあるって事なんでござろう!?」

「まあ、あるかな、獣人いるから」


「フォオオオッ」

「猿助さん、落ち着いて」

「はっ! かたじけない! 猫耳とうさ耳っ子もいるってことですな!?」

「ああ」

「……」


 猿助さんはいつの間にか正座で座っていたのだが、両手を拝む形で合わせ、つつーっと涙を流し、そのまま後ろに倒れ、気絶した。



「猿助さん!?」

「ちょっ、大丈夫!? 翔太、毛布とか出せる!?」

「あ、ああ、出せる!」



 俺は慌てて布団セットを取り出し、猿助さんを朝まで寝かせる事にした。

 きっと気絶したのは驚いたのと、睡眠不足のせいなんだろう。


 俺達もアパートに猿助さんだけを放置して帰れないからそのまま泊まる事にした。






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