第134話 ステーキ

 村人に温泉に招かれた。

 秘湯って感じの場所で雪を見ながらの温泉もオツなものだった。


「あー、気持ちいい」

「あったまるねー」

「そうだな」


 この秘湯風呂はミレナに先に入らせておいて、ミレナは風呂から上がると提供された宿の一室でうたた寝をしていたらしい。



 ややして男の俺達が風呂から出てくると、さらに食事として肉も出して貰った。

 あらかじめ村の人に食べたいものはありますかと問われていたので、またもぼっちで風呂に入る言うミレナの好みを反映してもらう事にした訳だが、

 しかし流石に「私、牛肉がいい!」と、ミレナが村人に正直に言うとは思わなかった。


 そこは普通に肉だけで良かったろ? 

 そうすれば鶏とか豚の選択肢も出たのに。


「かしこまりました」


 マジで牛肉が出てきた。

 肉は俺達も好きなのでそこは問題ないが、しかし、ここは普通の田舎の村。

 王様のいる城ではない。


 本来畑での労働力であろう貴重な牛を潰して出してくれたステーキ肉とはいえ、シンプルな塩味だ。



「ステーキソースが欲しいわ」


 ミレナが我々の料理ですっかり舌が肥えてしまった。

 本人は最大限に美味しく食べてあげる為だと言い張っている。


 三分の一ほどは塩で食べて、残り半分のステーキにステーキソースを追加して食べてみる事にした。


 当然既にお肉を用意してくれた宿の人は下がっているので、こんな真似ができる。

 目の前にいたらそんな失礼な真似はできないからな。



 俺は魔法の風呂敷からカセットコンロや調味料と調理器具を取り出して設置した。



「じゃあおすすめのステーキソースのレシピを言うから覚えておけよ」


 俺はスマホの中に保存しておいたスクリーンショットのメモを読み上げた。


「はーい」


 ミレナ、こいつ返事だけはいい。


「まず材料が醤油が2/3カップ、オイスターソースが2/3カップ。

 みりんが1/4カップと砂糖が2大さじ、にんにく2かけをみじん切りにして、

 生姜1かけもみじん切り、そして胡椒を適量だ」


 俺が材料まで丁寧に言っているが、メモをちゃんと取っているのはジェラルドとユミコさんだけだった。

 ミレナはふんふんと頷くだけだ。

 ……まあいい。


「では次に手順だが、小鍋に醤油、オイスターソース、みりん、砂糖を入れて中火で加熱し、砂糖が完全に溶けるまで混ぜ続け、次に、にんにくと生姜をみじん切りにし、鍋に加え、さらに、お好みでコショウを加える」


「ふむふむ」


 ミレナは目を閉じて頷いている。


「で、ソースを弱火にして、約5分間煮込んで香りを引き出し、火からおろして、完全に冷ます。

 ソースが冷めるとともに、味がしっかりと絡み合う訳だ」


「ふーん、なるほどね」


「そんでステーキや肉料理にかけて食べる訳だが、このソースは、ステーキの旨味を引き立てながら、甘さとコクが絶妙に合わさった味わいで好みによって調整することもできるぞ」


「ふーん、ありがとう」


 そして実際にコンロや道具を使ってステーキソースを作っているのはメモをとっていたジェラルドとアシスタントのユミコさんだった。


 ほ、奉仕され慣れてて、聞くには聞くが、やってくれる人がいると動かないタイプ……お姫様か、ミレナよ。



「よし、聞いた通りのレシピでステーキソース、できたぞ」

「ありがとう!」


 向上心のあるエルフである。

 カナタと俺のような特殊なやつは日本に戻ったタイミングでレシピサイトを見に行ったり、レシピメモをスクショなどで残しておけばそれでいいが、このエルフとユミコさんはちゃんとペンを持って書いてるのが偉すぎる。


 ちなみにユミコさんは紙とペンをカナタにもらっていた。


 その行動は誰かのためにいつか役に立つこともあるかもな。

 俺もレシピのスクショをスマホに残していたので、今回はそれを読み上げただけだけど。


 そしてお肉はそれぞれ手持ちのフライパンで軽く温め直し、ステーキソースをかけて、



「「いただきます」」


「うん、単純な塩味よりやっぱり美味しいわね」

「この子はすっかり舌が肥えてしまって……」


 まるで母親のような口調で俺が言うと、


「いいじゃない、だってショータがあちらで持ってくる肉にはどうせ敵わないんだし」

「それはあちらの畜産に関わる人が美味しい肉になるよう工夫しまくっているからさ、オスの牛を去勢したり」

「「去勢!?」」


「確か美味しい肉にする為、去勢とかもしてると聞いた事がある」


 その話はカナタも初耳だったらしく、全員素直に驚いていた。


「さらに言うと出産してないメス牛が一番美味しいらしい。しかしコスパを考えると、体の小さいメスよりも体の大きいオス牛を使い、それをメス牛に近づけるため、オス牛を去勢するわけだ」

「わ、わざわざ去勢まで」


 ミレナは驚きのあまり、思わず口元を覆っていた。


「研究に研究を重ねて作られたんだろう」

「あ、ありがたくちょうだいしなければならないのは理解したわ」

「ああ」


「翔太は変な雑学を知ってて僕でも驚くよ」


「漫画描きなんで妙な知識もいつかどこかで役に立つかなって」

「女性を口説く時に賢いと思われる為とかじゃなくて?」

「肉を前にして去勢肉が美味いとか言うのはあまりモテ要素になるとは思えないような」

「ああ、それは、確かに」


 などと言う話をしながら、多分去勢はされていないだろうこの世界のステーキを俺達は日本で去勢されたオス牛に思いを馳せつつ、大事に食べた。



 ちなみにミレナが牛肉がいいといっても流石に牛は無理です、と、鶏か豚あたりが提供されると思っていた俺は、なんと本当に牛肉が出てきて驚いた。


 申し訳ないので、宿を出る時に村人に金貨を渡して来た。

 それで新しい牛を買ってくださいね、と言って。

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