第75話 お詫びの品

 俺は錬金術師の食事の誘いを断って、クッキーを配っていた公園に向かった。


 公園内をキョロキョロと見回すと、果物を抱える女性の像の近くにあの時の子供達がいた。



「煙突掃除はいかがですか!?」

「お花を買いませんか?」



 子供達は今日は労働をしていた。

 男の子が煙突掃除夫で、女の子が花売りをしていた。

 夏には咲く花がだいぶん減るもんだと聞いていたが、青いデイジー、小型のひまわり、百合等を売っているようだ。



「あ! 怖い犬のおじさん!」




 子供達の中でも記憶力のよい男の子が俺の顔を覚えていたのか、怯えた顔をし、少し後ずさった。

 俺は努めて人の良さげな笑顔を作ってゆっくりと歩み寄った。



「やあ、こないだは驚かせてごめんな! あのクッキーには悪いものが入ってて、犬は君達を助けたかっただけなんだよ!」

「え? 悪いもの?」


「あれはすぐには効果が出ないけど、しばらくして、とっても気持ちよくなったりするやつで」

「気持ちよくなって何が悪いの?」


「それの効果が切れた時にとっても体が痛くなったりするんだよ。体が切り裂かれたり、骨が砕け散るくらいの痛みがある。それに吐き気がしたり、気を失ったり、まぼろしで怪物が見えて怖い思いをしたり、そして気持ち良かった時の事も忘れられなくなるし、それが欲しくて仕方ないのに、最初は無料だったクッキーが、だんだんお高くなって、でもお金ないならって、悪くて怖い人が危険で悪い仕事をさせたり」



 う、俺の話が我ながら長いな。

 子供たちはぽかんとした顔でこちらを見上げてる。俺はまた話を続けた。



「とにかく、怖いお薬が入ってて、頭がおかしくなるから!」

「頭が……おかしく……」

「まぼろしで怪物が見えるのは怖いなぁ」



 あれ? 自分で言っておいてなんだが、幻覚は違うドラッグだったかな? 

 まあ、違っても、とにかく脅しといたほうがいいよな。



「体が痛くなるのは嫌だな」


 子供たちは顔を見合わせ、不安げだ。



「とりあえず犬が君達を助けたかっただけだとしても、驚かせて悪かったよ。これはお詫びにあげる。安全な食べ物だよ。でも、本当は知らない人がくれるものをむやみに食べてはいけないんだよ、俺は今から同じものを食べて見せるからね……もぐもぐ」



 俺はあんこやイモを使った饅頭とフランスパンを少し食べて見せながら配った。

 毒見だ。



「ありがとう……」



 子供たちは俺から食べ物を受け取ってくれた。

 幸いまだ麻薬の効果は出てないみたいだ。

 まだ一回くらいしか食べてないのかも。

 貧民街の子は無料のおやつとか、すぐに喜んで食べてしまう。



「君のお花は俺の店に飾るから、全部買おう」

「ありがとう、おじさん」



 俺は花売りの女の子にお金を払いながら、うちにある煙突はジェラルドが自分から掃除を引き受けてくれて、風魔法でどうにかしてくれていたことを思い出していた。



 煙突ってちゃんとメンテしないと火災になったり、大変な事になるらしい。


 日本でも未だ煙突つき薪ストーブとかを使ってるのはたいてい金持ちの道楽か薪が安く手に入る山持ちとかなんだろう。

 あるいは知り合いが林業をしてるとか。



 ともかく、煙突掃除は必要な仕事ではあるが、とても危険な仕事だ。

 煤を吸い込むと気管支や肺が汚れて病気になる。

 知り合いの父親がゴミ焼却施設で働いてたらタバコも吸わないのに健康診断で肺が黒くなっていたとかも聞いたことがある。



「君達、煙突掃除の時はちゃんと鼻と口は何かで覆ってるよね?」

「これ」



 少年は大きめのスカーフのようなものを首に巻いていて、それを軽くつまんで見せた。


 やはりその程度の装備か。

 頼りないな。

 今度防塵マスクあたりを沢山仕入れてきて渡すしかないか。

 それか錬金術師さんに花粉だけじゃなく煤を吸い込まないマスクでも作って貰えないか相談するか。



「あ、そうだ、煙突掃除夫で酷い咳をしてる仲間はいる?」

「いるよ、咳をしながら血を吐いて死んじゃった子もいたよ」


 うわーっ!! 

 生きて行くにはお金は必要だし、煙突掃除は必要な仕事ではあるが、子供が煤の危険性をよくわかっていないまま犠牲になるのは辛い。


 全ての病の子供を救えなくても、眼の前にいる子供くらいはどうにかしたい。


 せっかく海神様からすごいものを賜ったのだし、こういう事にも使わないと罰が当たる気がするんだよな、俺は小心者だし。


 ええと、とにかく治療がいるな。



 エリクサーだ、エリクサーがいる!

 俺は海神の帳面を出し、でっかい焼酎のボトルのようなものに入ったエリクサーを描いてみた。

 容器サイズは4000mlくらいは入るやつ。

 見栄えよりも量が大事だったから。


 ラベルにはエリクサーって書いてある。

 かなりダサイ。でも許して欲しい。

 エリクサーは万病に効く万能薬だ。


 これを蓋付きの小瓶に注ぎ分けて配ることにした。

 俺達は日差しを避けて木陰に移動し、キャンプセットのテーブルなどを魔法の風呂敷から取り出し、作業台にした。

 そこでエリクサーを小瓶に分けた。

 ミラもトートバックから出てきて、エリクサーを配るのを手伝ってくれた。


 花売りの女の子達は可愛くて動くお人形さんのミラに興味津々だった。

 さもありなん。



「これを最近酷い咳をしてる子に渡して飲ませてあげてくれ、とても貴重でいいお薬だ」

「とてもいいお薬……分った」 

「それと、なるべく煤を吸い込まないようにしなさい、あれで病気になるんだ」


「でも……仕事だから……」

「うん、そうだよな……そのうち煤をどうにかするいい道具が作れたら持って来るから」

「ありがとう……おじさん」



 子供たちは半信半疑のようであったが、俺の持つおやつに注目している。



 俺は子供達に薬とオヤツとパンと紙パック入りのジュースを配って家に帰ることにした。

 ちなみにパンも一緒に配ったのはご飯代わりになるだろうという考えからだ。



 思えばさっきいた場所は富裕層ではなく低所得者が多く住む街だったな。

 と、思いつつ乗り合い馬車に乗って家路に向かう。



 俺は庶民の乗る乗り合い馬車を降りてから、乗り合い馬車ではなく、個人タクシー的な黒くて品の良い馬車に乗り換えて富裕層の街に入った。


 ルルエで錬金術師の所に行っても、そこに厩舎があるとは限らないから馬車を乗り継いで移動したのだ。
























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