第74話 異世界で俺、通報された!
「はっ! ひらめいた!」
「何をだ?」
俺がベーコンエッグとオレンジジュースいう定番の朝食を食いつつ、古典的漫画なら電球マークがついている顔をしていると、ジェラルドがちゃんとスルーせずにツッコんでくれた。
「今まで弁当屋で三つ六つとか、自分達用にお土産で買って来ることはあったけど、弁当屋に百個とか単位で注文すればいいんだ! 職場で配るみたいな顔して!」
カフェは職場には違いないし!
全くの嘘じゃない!
「百個か、いいんじゃないか? 仮に余っても魔法のカバンに入れておいたら腐らないからな」
「何弁当にしようかな、やはり俺の好きなチキン南蛮とか幕の内弁当みたいな種類多いやつか、でも客は女性が多いんだよな、見た目重視がいいかな」
「でも甘いのよりハンバーガーなどを目当てに来る男達もいるだろ。客と見せかけて絶対に令嬢の護衛騎士が混ざってるぞ。やたら体格のいい、けれど粗野ではない雰囲気のあれは」
「あー、確かに見栄えのいい騎士さんがいるよな」
「唐揚げを入れてれば良いんじゃないの? 女の私も好きだし」
「ミレナはチキン南蛮より唐揚げ弁当のほうがいいか?」
「そ、それはどちらも鶏肉で美味しい訳だし……両方でいいでしょ!」
「二十個ずつメニュー変えて注文しても嫌な顔をされないかな、普通は百単位なら同一メニューなんだろうか」
そんな注文をしたことないから、ぶっちゃけわからない。
「三つくらいの店で注文すれば」
「取りに行くのが面倒だけどそうするかなぁ、どうせ嵩張るし」
そんなカフェの限定メニューを話し合っていた時に、激しく玄関の扉を叩く音がしたと思ったら、なんと憲兵が来た。
「そちらの犬に襲いかかられたと苦情が来ている!!」
通報された!!
「あれは配られていたクッキーに妖しい物が入っていたからです! あの犬は普通の犬じゃないんです! 誰も噛んでませんし、飛びかかったので驚いて倒れた子供はいましたけど、それは謝ります!」
ヤバイ!
殺処分しろとか言われるのかな!?
「食べ物に妖しい物が入っていたなど、犬ごときに何故わかる!? 犬を出せ! 罰を与える!」
誰も噛んでないのに憲兵五人が怖い顔で怒ってくる。
ラッキーは幸い今は二階でミラにブラッシングされているはず。
「あの犬は海神様からの遣いです! 神獣みたいなもので尊い存在です! 害をなしてはいけません! 逆に罰が当たります!」
「なんだとお!? 言うに事欠いて神獣だ?」
「待ってくれ、あの犬は確かに海神の遣いのようなものだ、俺が、風と大地と緑の神に誓おう」
「エルフ!!」
憲兵達が、ふいに玄関先に現れたジェラルドの高貴な姿に面食らう。
「犬の飼い主でこの店の主人は伯爵様の後ろ盾のある商人よ。今度錬金術師にも会うし、クッキーに何が入っていたか調べてもらうから、その後でまた来ればいいわ。謝罪を求めるどころかあなた達憲兵は彼に感謝をさしあげないといけなくなると思うけど」
ミレナも割って入って来てくれた。
「何!? 伯爵様の!?」
「あ、そういえばあの手前の店の主人なのか!」
「あっ、あー……」
ざわざわとしつつ顔を見合わせる憲兵達。
今俺は店の裏側に建つ家にいたので、店の主人とは別人だと思われてたっぽい。
「派手な怪我をした人はいないでしょう?
尻もちをついた子供達には見つかれば後日詫びの品でも当方から渡したいと思っています」
「む、と、とりあえずはその妖しいクッキーの調査が済んでからだな!」
ドス!
今、上からの発言をした憲兵の脇腹を、隣の憲兵が肘で突いた。
「失礼しました! こちらも危険な犬をけしかけられたとの通報があったため、仕事として注意せねばならず、犬の正義性が今のところ証拠不十分なため、この度はこの辺で失礼します!」
眉唾な海神様うんぬんよりリアルで存在が見られる伯爵様の権威が効いた!
セーフ、セーフ!
憲兵達はそのまま帰ってくれた。
「流石伯爵様の権威は強いな。助かった」
「いきなり海神様とか言っても信じる訳ないでしょ、ラッキーが常に神聖な光を纏って光り輝いてるとかならともかく」
「常に光ってるとかそんなの眩しすぎるぜ。とりあえず二人共、フォローありがとな」
「ワフ……」
なんとなく申し訳なさ気なラッキーがミラとともに二階から降りて来た。
「ラッキー、お前は何も悪くない、きっとあのクッキーに何かあるって俺は信じているからな」
「ワフゥ……」
俺はラッキーを優しく抱きしめて慰めた。
そうして錬金術師のエンツィアさんと会う日になったので、俺は彼女の工房へ招かれた。
ラッキーは念の為に留守番させ、ミラだけトートバックに入れてコッソリ連れてきている。
テーブルの上にはいろんな瓶に入った薬剤やら羊皮紙やら魔石やらやら、前回俺が仕入れた顕微鏡もあった。
魔法使いの工房っぽい。
深い緑色のカバーのかかった長椅子に座るよう勧められ、おもてなしにカヌレとハーブティーを出された。
美味しい。
そして先に本来の目的であった花粉症対策グッズの話をしばらくしてから、俺は妖しいクッキーを調べられるか訊いてみた。
「いいですよ、鑑定します」
「このクッキーなんですが……」
俺は魔法のカバンに入れておいたクッキーを取り出した。
錬金術師はそれを受け取って顕微鏡などではなく、魔法陣の描かれた布の上に置いた。
そして彼女がなにか小さく呪文を唱えると、光り輝きなんかの文字がクッキーの真上の空間に浮かび出てきた。
「あら、まあ、これは……」
「な、なんですか?」
「アヘン系の……麻薬が混ざっています」
「やっぱり!」
「ここしばらく周辺国で妖しい動きがあり、麻薬中毒者も増えてきていると聞いております」
「大変だ、これ以上中毒者が増える前に伯爵様に伝えなければ」
「それは私からしておきますね」
「ありがとうございます! 助かります!」
彼女は羊皮紙っぽい紙を机の引き出しから取り出して、テーブルの上で何かの文章を書いてから、紙をくるくると巻き、紐でしばった。
魔法陣にその巻物を入れ、どこかに転送した。
「これで麻薬入りのクッキーの件は伯爵様に伝わります」
「早速手紙を送ってくださったんですね! ありがとうございます!」
仕事が早くて素晴らしいな。
もうそろちょうど昼ご飯の時間というタイミングで、
「そうだわ、ショータさん、今から近くのレストランで一緒にお食事に行きませんか?」
「えっと、すみません、俺は今からラッキーに驚かされた子供達がいるかもしれない公園に行こうかと思っていまして、お詫びに違うお菓子などを配るつもりなんです」
「そうなんですね、では、またの機会に」
せっかく親切にしてくれたんだし、食事くらい付き合えは良かったかな?
でも会ったばかりの女性と二人きりでレストランで食事をするとかなんか心理的にハードルが高い。
ミレナならもう慣れたからいいけど。
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