第二部

第60話 聖者!?

「もう、俺は終わりだ! こんなんじゃ仕事もできない!」

「しっかりしろ! お前には家族がいるだろ!」

「こんな体じゃ妻も子も、もう養ってやれない!」



 帰りの船には片足のない男性船乗りがいた。

 船に体当たりされた衝撃で船から落ち、鮫の魔物に片足を食い千切られたとかいう話だった。

 悲惨で怖い話だった。


 そして俺は想像力が無駄に豊かなので、その先を想像してしまう。


 かつては働き者だった男が、事故で体を欠損し、仕事もできずに家で妻が爪に火を灯す思いで稼いで来た金で酒を飲んでは妻子に当たるようになる。


 物を投げたり、酒はもうやめてと言う妻を殴る夫と、それを見て泣き叫ぶ子供。


 そんな未来を脳裏で展開してしまい、陰鬱な気分になった。


 船室がいくつもあるかつての世界の豪華客船とは違うので、俺達は波に揺られつつ甲板で寝ていた。


 真夜中になって、俺はなんとなく船の中で目が冷めた。


 甲板をぐるりと見渡すと片足の男が身投げしようとしていたので、俺は慌てて立ち上がり、走り出した!


 しかし、普段あまり走らないせいと、波に揺られて足がもつれそうになりつつも、俺は男に飛びついた。



「待て! 早まるな!」

「止めるな! 俺にはもう夢も希望もないんだよ!」


 俺はジタバタと悪あがきしようとする男の腰を掴んで強引に船側に引き戻した。

 二人で甲板に倒れ込む。


──ハア、ハアッ、い、息が乱れる!


「ま、まだ、試してみたい事があるっから! 死のうとするのは、止めてください!」

「はあ!?

お前が実は聖者並みの聖力で俺の足を生やす奇跡でも見せてくれるとでも!?」

「俺はそんなご立派な人じゃないが、試してみる」



 俺はカバンから海神の帳面と筆を出し、男の無くした足と書いて、欠損してる筈の足を書いてみた。


 紙を破って、そして、奇跡は……起きた!!



「し、信じられない、俺の足が! 蘇った!!」

「で、できた……」



 流石海神の帳面は、チートだな!



「ありがとうございます! あなたは俺の恩人です! お金は無いけど生涯感謝します!」

「これでまた家族を支えてあげられますよね」

「はい!」


 そう言って、俺はまた寝ようと自分のスペースに戻っだけど、いつの間にか凄く注目を浴びていた。

 人がこちらにわらわらと集まってくる。



「今の力、もしや聖者様ですか?」

「いや、賢者様では?」


「ありがたや」

「握手してください!」

「お名前を教えてください!」

「どこにお住まいの聖者様ですか!?」

「いや、そんな立派なもんじゃないです!」



 夜中なのに結構な人が起きて来てしまっている。



「あーあ、ショータったら、せっかく助けても全くお金になってないじゃない、このお人好し」

「使ったら無くなる貴重な一枚を、また人助けに使ったのか、ショータらしいな」


 ミレナとジェラルドもあの騒ぎで起きて来たんだな。



「と、徳は積めたかもしれないし」

「何よそれ、修行? やってる事がほぼ聖人じゃないの」


「まあ、徳積みは魂の修行みたいなもんだけど俺の本性は性人に近いぞ」


 エロ漫画描きなんで。



「何を言ってるんだか!

 ショータはそのうち悪いやつに利用されて騙されて大事な物が奪われそうね」


 ミレナは俺の手にある帳面を一瞬見た後、早くカバンにしまえ! と、ジェスチャーをしたので、素直に従った。



「しかしあれ、ショータ以外が使えるとも思えんぞ」


 ジェラルドがそう言いつつもシッシと手を振って周りに集まって来ていた人達を追い払った。

 犬扱いである。



「そうなの?」

「それはだってショータへのお礼なんだし」

「ワフン」

「ほら、ラッキーもそうだと言ってるぞ」



 ラッキーはジェラルドを見上げてふさふさの尻尾を振っている。

 可愛い。



「エルフは犬語がわかるの?」



「分からないが今のは雰囲気でなんとなく察せた」

「とにかく相手が使えなくても奪われたら終わりだから気をつけなさいよね、ショータは」

「ああ」



 よく考えたらこれで亜空間収納カバンの二個目、いや、風呂敷サイズの布のやつとかも作れるんじゃないか?

 なにしろ失われた足が復活するくらいだし。


 あの伯爵様に借りた布が増やせるならまた借りなくて済むし、嵩張る大きな物の仕入れに役立つ。


 船から降りたら作ってみるか。


 ちょっと喉が乾いて水を飲んでいたら、誰かの熱い視線を感じた気がした。

 周囲を見渡してもまた寝直した人が多い。

 まだ朝までは時間がある。


 もうほとんどの明かりも落ちて、月明かりのみだし、気の所為だったのかな?


 薄暗い中で、俺はラッキーの背中を撫でて、横になって寝た。











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