第6話 肖像画と悲劇のお嬢様
「肖像画?」
「はい、お安くしておきます。
ほら、肖像画を贔屓にしたい旦那さんに渡しておくと、見る度に会いに行きたくなるかもしれないじゃあないですか?」
俺はとある娼館に来て、肖像画を描きますって営業に来た。
相手をしてるのは館の支配人の男だ。
ジェラルドと執事さんは酒場の方に聞き込みに行ったので今は一人で娼館にいる。
「ほほぅ?」
あと一押し!
「あるいは、今月稼ぎが良かった嬢のご褒美とかで、肖像画を壁に飾るのもいいじゃないですか? 今月の人気一番! とかの見出しで、新規のお客様もこんな綺麗な子がいるんだ〜と、嬢が個室で接客中でも絵で顔は確認できますし、お金貯めて来よーとか思うかもしれず!」
長文をまくし立てるように言った。
「あー、なるほど、それは悪くない」
「でしょう?」
「じゃあ今期一番の稼ぎ頭のを、まだ少し眠そうにしてるかもしれんが、まあ適当にどうにかしてくれよ」
「はい、大丈夫です」
俺は個室に案内された。
ベッドの端に腰掛けた嬢が、まだ眠そうに目を擦ってる。
眠いところを突然すみません。
支配人が今のこの娼館内のナンバーワンに説明をしてくれた。
「肖像画? 絵描きさん、それぇ、すぐ終わるんですか?」
「色なし線画のみならわりとすぐです、色がいるなら家で描いて仕上げて来ますので、その間はゆっくりできます」
「なら、いいけどぉ〜」
支配人が出て行った。
今は朝の10時くらいで、本来の営業時間前だ。
娼館は夕方から稼働が多い。
「あ、そうだ、これ、よかったら」
俺はリュックから非常食を取り出した。
寝起きに来てしまったのでお詫びと、好感度稼ぎだ!
「なぁに?」
「チョコレートってお菓子です」
「ええ? それお貴族様のお菓子じゃない!?」
嬢はびっくりして目が覚めたようだ。
「た、たまたま手に入れまして」
「あらーあなた貴族のお嬢様の肖像画も頼まれた事あるの? やるわねぇ」
勝手に勘違いしてくれた。
俺はスーパーで買ったチョコバーを嬢にあげた。
ブロンドの美女が大喜びだ。
スケッチブックと鉛筆を用意して、嬢を描く。
「貴族の令嬢で思い出したんですが、最近元子爵令嬢が娼館に送られたって話、知ってます?」
「あー、どこぞの男爵令嬢に悪さして、その罰で、修道院どころか娼館にって、穏やかじゃないわよね」
知ってる! しかも男爵令嬢とトラブったことまで!
「あー、もしかして、その元子爵令嬢がどこの娼館に送られたかご存知ですか?」
俺は嬢の似顔絵を描きながら質問を続ける。
チョコバーに夢中な嬢は上機嫌で口を滑らしてくれる。
「あー、クリムゾンっていう、赤い屋根の娼館らしいんだけどぉ」
「ど?」
「娼館について支配人に娼婦の手ほどきを受けるとこで、嫌がって隠し持ってた毒を飲んで死んでしまったらしいわ、たまたま昨夜の私のお客様が今夜埋葬に穴を掘る羽目になったって」
!!
え、遅かった!?
自害した!?
せ、せめて埋葬前に執事さんに顔を見せてやりたいが……
「遺体はどこに」
「今は教会の遺体安置室でしょうよ、夜明け直前に運ぶって言ってたし」
なんて悲惨な展開なんだ。
お嬢様は純潔を守る為に、毒で自殺したとは。
間に合わなかった!
くそ、目頭が熱くなる。
「あらぁ、赤の他人の事でしょうに、あなた涙目? まさか知り合いだった? その子爵令嬢の肖像画でも描いたことがあるの?」
「いえ、そのお嬢様とは会ったことはないです、でも可哀想だなって」
「無理矢理売られて来た子が絶望して堀に身投げってこの界隈じゃわりとよくあるけど、大抵客取らされた後なのよね、よくお嬢様が毒なんて持ってたこと」
そういや冤罪なのによく毒なんて持ってたな?
令嬢たるもの下賎の者に体を触れさせないよう、純潔を守る為にと、母親か父親がこっそり持たせたとか?
「そのお嬢様の遺体はどこの教会にいるか分かりますか?」
「当然この花街に一番近いゲンサの街の教会よ」
「ありがとうございます」
「それより、このチョコレート、本当に美味しいわ、包みもツルツルで変わってる」
未開封ですよのアピールでビニール包装のまま渡したせいで悪目立ちした。
「はは、錬金術師の最新技術なんで!
ところで線画はほぼ描き終わりです、色はどうされます?」
「じゃあ今度、家で塗ってきて、せっかくだから」
「かしこまりました」
と言って、
俺はちょっとこっち向いて微笑んでください、と指示を出して寝間着姿の金髪美女をスマホカメラで撮影した。目の色や髪色などの情報を記録。
「その板、なぁに?」
「見たものを記録できる魔道具です、遺跡にあったアーティファクトです」
「え〜すごーい!」
嘘だけど、こっちの人からすればそっちのほうが最もらしく聞こえると思ったわけで。
そして家で仕上げて来ますと言って俺は娼館を出た。
酒場兼食堂に行くと、執事とジェラルドが合流してた。
執事さんは憔悴してたけど、まだこの辺にいるならお嬢様が亡くなった情報は知らないみたいだ。
俺が、行くしかないか。
俺が食堂から二人を連れ出して、ゲンサの街の教会へ行こうと誘った。
「ショータ、まさか捜索を神頼みか?」
「お嬢様は、純潔を守ったんだ。毒を、飲んで自害したって」
「……っ!」
ジェラルドは目を見開いて絶句した。
執事さんは泣いた。
「な、お、お嬢様! お、遅かった……っ! あああっ!!」
執事さんが膝から崩れ落ちた。
執事服が砂で汚れる。
「せめて埋葬される前に、顔を見て、最後のお別れをしましょう」
俺とジェラルドが肩を貸して協会へ行く駅馬車の停留所に向かった。
ゲンサの教会に来て、巫女に遺体安置室へ案内して貰った。
遺体安置室は薄暗く、ひんやりしてて、静かだった。
巫女さんは最後のお別れをどうぞと言って去って行った。
冷たい石畳みの床に、巫女の立ち去る足音が響く。
冷たい石の台に寝かされていた、子爵令嬢、ユスティナの死に顔は綺麗で、まるで、眠ってるだけのようだった。
執事さんはお嬢様の遺体のそばで再び号泣した。
「……なんか、こういう場面、見た事あるな」
「ショータの親しい人が亡くなったのか?」
いや、映画の、
「ロミオとジュリエットていう物語。
仲の悪い家門同士で若い男女が許されぬ恋をして、女性が後で目を覚ます毒を飲んでさ、つまり死んだふりで、後で好きな人と一緒になろうとしたんだよ」
「死んだふり……」
ジェラルドは思わず遺体に近寄って彼女を見た。
手首を握ったり、心音を聞こうと胸に耳を当てた。
まさか、そんな……ね?
「おい、生きてる!」
「え?」
ほんとに!?
「まさか! お嬢様!? ユスティナお嬢様!?」
ユスティナはゆっくり目を開けた。
アンビリーバボー!
「まさか、本当に仮死状態になる毒だった?」
「お、お嬢様! 一体誰がそのような毒をくれたんですか?」
「護衛騎士の……」
そこにちょうど扉を明けて現れたのは、騎士服を着た男。
大きな絨毯サイズの布を手にしていた。
「私です。お嬢様、お目覚めですか、御迎えにあがりました」
「レオン卿、私、本当に?」
「お嬢様、レオン卿、これは一体」
混乱する執事さん。
「じいや、いざとなったら仮死状態になる毒を飲むようにって彼に貰った毒を飲んだの、でもてっきり本物の毒だと思ったのに」
「私が冤罪のお嬢様をむざむざ死なせるはずがありません」
「レオン卿……」
あれ? この二人、いい雰囲気だぞ?
もしや伯爵とは政略結婚の婚約だった?
だったら普通に婚約破棄で良かったんじゃないか!?
「伯爵はお金目当てで金で爵位を買った成金男爵令嬢に鞍替えすることにしたようでした。伯爵と男爵令嬢は共謀して私を冤罪で娼館送りにしたのですわ」
「やっぱり普通に婚約破棄すればよかったのに!」
俺は思わず吠えた。
「伯爵はあちらから婚約破棄するとうちに賠償金を払うはめになるから、おそらくあのような」
「あのど腐れ、クズどもが!」
執事さんは激怒した。
「いずれ必ず罪を償わせます」
騎士は覚悟を決めた顔でそう言った。
「と、とにかくお嬢様が生きててよかったな」
ジェラルドが執事の肩を叩いた。
「そうだ、ひとまずはよかったけど、これからどうするんだ?」
俺は素朴な疑問を口にした。
「とにかくここを出ましょう、表向きは死んだことになっています」
騎士が大きな布を広げた。
「お、お嬢様の名誉は」
執事は騎士に詰め寄った。
「後で味方を増やしてから、やつらには報いをうけてもらいます。
斜陽とはいえ、高位貴族の伯爵家に裁きの鉄槌を食らわすには、慎重にいかねば、ひとまず、お嬢様の遺体は領地に埋葬すると言って私が抱えて行きますので田舎でひっそり生きててください」
「どこの田舎でひっそり?」
お嬢様は素直に布を巻かれながら騎士に訊いた。
「私の実家の別荘です、しばらくはそこで我慢してください」
そういうことで、お嬢様を助け出す事ができた。
埋葬されたり姿を消す前に会えて良かったね、執事さん。
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