第4話 初売り

 俺はお客様(予定)を怪しい路地裏に引き入れ……いや、招いた。


「おい、いいものがあるって何だよ?」 

「ふふふ、旦那、これでさぁ、見てくださいよ」


 俺は何なら商売用に言葉遣いまで変えた。


 俺はスケッチブックの色付きの裸婦スケッチを見せた。


「こ、これは! なんていやらしい!」


 見せたのはわりと肉感的な裸婦絵。


「そうでしょ? 一枚どうです?

 花街に来た記念に買って行きませんか?」


 お客様は顔を赤くし、食い入るように絵を見てる。


「うう、この下腹のあたりがいやに本物めいて……く、欲しいが、高いんじゃ?」


 あ! しまった! 

 花街に浮かれて値段決めてなかった! 

 まずこの世界の裸婦画って相場はいくらだ?

 これは額装もしてないキャンバスでもない、スケッチブックの紙。たいした厚みもない。


 俺は困ってジェラルドに視線を送ったが、知らんがなって顔をしてる。

 まあ、そうだよね。



「額装なしですし、最初のお客様なんで、言い値でいいですよ」


 商売には思い切りも必要だ、多分。


「娼館で娼婦を抱くより安くてもいいのか?」

「かまいませんよ、最初のお客様ですから、記念価格で」

「じゃあ、銀貨二枚でもいいか?」

「はい、ありがとうございます!」


 俺はサランラップの包でもあれば良かったなぁと思いつつも、そおっと紙をくるくると巻いて、リュックのポケットに入れていた輪ゴムを取り出し、絵を筒状に固定した。


「何だこれ?」

「輪ゴムという道具です、伸びるので便利です」


 お客様は不思議そうにビヨンビヨンと輪ゴムを引っ張っている。


 さっきまでエロ絵に夢中だったのに、輪ゴムに興味を持っていかれてちょっと悔しい。


「あ、そうだ、これやるよ」

 お客様は思い出したように自分の持っていた大きめの巾着形状の袋から、とうもろこしを三本出してくれた。

「わあ!! 美味しそうなとうもろこしだ!

 ありがとうございます!!」

「へっ、とうもろこしでそんなに喜んで貰えるとはな、夏の森に行ったお土産だ」


 夏の森! とうもろこしがあるんだ!



「では、また売りに来ると思うので、良ければ信頼出来るお友達にでも宣伝してくださいね」

「お、おう!」


 口コミでも全く無いよりはいいかなと思う。


 その後にも、お客様を路地に引き寄せた。 

 またスケッチを見せた。色付きは三枚ある。



「うーん、上手いけど、俺はもっと若くてほっそりした女の方がいい」


 むちむち熟女よりスレンダーが好みか!

 なるほどね!


「ご安心くだせぇ、そういうのもごぜぇやす」


 今度はスレンダー体型の女の絵を見せた。

 ベッドの上で裸で寝転んでいる姿だ。


「おお、なんて可憐で美しいんだ!」

「いかがですか?」

「このレベルの生身の女は高すぎて買えないけど、絵なら!」

「はい、今なら銀貨二枚で大丈夫なので」


「よし、買うぜ」

「ありがとうございます!」


 俺はまた絵を輪ゴムで留めて渡した。


 せめて竹筒でも有れば中の節を貫通してポスター入れみたいにできたかもしれないのにな。


 あるいは段ボールがあれば三角の筒状にして……

 いや、無いものは仕方ない。


 さて、色付きのスケッチのストックはもう後一枚だ。


 最後の客を路地裏に引き入れた。


「俺、貴族の令嬢っぽい華やかな女の裸が見たいんだが」

 ビンゴ!


「ございます」

「おお!! お前貴族の令嬢の裸を見たことあるのか! 凄いな!」

「ふふふ」


 令嬢が絵描きに描かせるなら上品な肖像画じゃないかな?

 でも、たまたま髪型が縦ロールの女を描いていてよかった!

 単に洋物系のエログラビアを見て描いただけだけど。


 俺は曖昧に笑って誤魔化し、売り切った!


「ありがとうジェラルド、ひとまず売れたよ」

「この後どうする?新しい絵を描くために女の裸を見に行くか?」

「それじゃ今稼いだ金が吹き飛ぶよ」


 スマホの中に見本になりそうなエロ画像はいっぱいあるし、ソーラーパワーで充電すれば故障さえしなきゃまた見れる。

 それに見本がなくてもある程度は描けるし、何とかなるだろう。



「じゃあ帰るのか?」

「せっかく来たし、少しだけ観光しようか」


「そうか」


 ジェラルドはくすりと笑った。

 しばらく立ち並ぶ娼館の前を歩いて見物した。

 呼び込みの誘惑には耐えた。


 ふと、見ると、この場所にそぐわない、あからさまに執事!って服を着た燕尾服のシルバーグレーの髪の上品な男がキョロキョロしつつ、何かを探していた。



「お嬢様……」


 !?

 執事の呟きを耳で拾ってしまった。

 没落した貴族のお嬢様が借金で売られでもしたのかな?

 こんなところに探しに来たのか……。


 気の毒だが、俺にできる事は無いな。


 ふと物語の悪役令嬢が断罪されて娼館送りになった物語を読んだ事があるのを思い出した。


 まあ、悪役とは限らないな、贅沢しすぎて破産とかもあるだろう。


 執事らしき男は俺達の先を歩き、角を曲がって見えなくなった。



 俺は花街内にある安い宿屋を一部屋借りて、ジェラルドと一緒に泊まった。

 節約だよ!

 変な事はないから!




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