第3話 混ぜたら危険な王妃と魔術師

 実に聡明でありながらも、頭のネジが数本抜けているレイン王国の王妃シェリアの思いつきによって起こった騒動は今だに収まっていなかった。


 「王妃様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 「殿下の魔法を止めてくださいぃぃぃぃ!!」

 「このままでは王城まで燃えてしまいますぅぅぅぅぅぅ!!」


 王城の中庭で熱風を周囲に撒き散らしながら天に向かって聳え立つ炎の柱。

 身の安全を確保できる少し離れた場所からその中心に向かって叫び続ける使用人たち。


 そしてーー


 「すごいわぁ!やっぱりアルシェちゃんは私の娘ねぇ!はぁ〜、ママ嬉しいわぁ!」

 「‥‥‥‥‥‥!」


 顔を喜び一色に染めただらしないない表情で炎の柱を出している自分の娘を褒めちぎる王妃と、やたらとキラキラした目で炎の柱を無言で見つめ続ける第一王女。


 地獄絵図である。


 かれこれすでに30分ほどこの状態が続いており、そろそろ王城の建物にも被害が出そうになっている。

 使用人たちも必死に叫んでいるが内側からこの騒動が収まることはないのだろうと薄々気づき始めている。

 やはり、外部から干渉するしかないが干渉できる人間がこの城にいただろうか、最悪の場合誰かが捨て身で突っ込むしか‥‥‥と考え始めたところで一人の人物がゆっくりと炎の柱に向かって歩いていく。


 ついに熱で頭をやられたやつが出たのか!?と使用人たちが驚きと焦りをその顔に浮かべるが次の瞬間には安堵と期待に変化していた。

 何故ならその人物が今この場で一番頼ることのできる人物だったからだ。


 「そこのメイド。すまないが筆頭宮廷魔術師を連れてきてもらえるか?私でもこれは厳しいからな」

 「は、はい!只今!」


 近くにいたメイドの一人に声をかけたのは、第一騎士団の証である赤の紋章が刻まれた軽凱を身につけ、焦茶色の髪を短く切っている40手前に見える男だ。

 

 「はてさて、これはどうしたものか‥‥‥‥」


 この国の第一騎士団で騎士団長を務めるゴードン・リークガイルは自分の顎を撫でながら呟く。


 レイン王国には対人戦闘に優れ王族の警護を行う近衛騎士団と、近衛騎士団ほどではないものの対人と対魔物に優れ王都の治安維持を行う通常の騎士団の2つが存在する。

 通常の騎士団は第一騎士団から第七騎士団に分かれており、それぞれが得意とすることが違う。


 ゴードンが率いる第一騎士団は組織単位の敵との戦闘と魔法に関する問題への対応に優れている。

 だが、そんな第一騎士団を率いるゴードンでさえも目の前で起こっていることにはどう対応するべきか決めかねていた。


 目の前で発生している炎の柱を出しているのが王妃であればいくつかやりようがあったのだが、第一王女となると幼いということもあり取れる手段が少なく意思の疎通も難しいからだ。

 そしてその少ない手段のうちの一つである実の母親の王妃に頼むということもあの有様では無理だろう。

 ゴードンはついつい眉間に皺を寄せてしまう。


 「まあ、考えていても仕方あるまい。とにかくお二人に声を届かせることが最優先だ。『身体強化』」


 ゴードンは彼自身が使える魔法の一つである『身体強化』を自らに使用した。


 『身体強化』の魔法は使用者の肉体の強化に加え、熱耐性や毒耐性、麻痺耐性、さらには思考力まで強化する。

 ゴードンは炎の柱のすぐそばにいる二人に近づくために熱耐性を強化しようとこの魔法を使用した。

 それと同時に複数ある効果のうちの一つである思考力の強化によって靄が張れたかのように頭の中がすっきりとして、気がついた。


 自分がつい先ほどこの場、この状況に置いて最もしてはならない判断をしてしまった、と。


 それは普段の彼であれば絶対にしないであろう判断であり、この状況に彼が少なからず動揺していたことを示す。

 その判断は王城で働く者であれば誰もが絶対にしてはいけないことだとわかっているであろうレベルのものだ。

 もちろん、こんな状況でなければの話だが。


 ゴードンは自分の背中が冷や汗で湿っていくのを感じた。

 チラリと魔術師たち専用の建物である魔術塔がある方向に視線を向け、何も飛んできていないことを確認したゴードンは心の中で一言呟いた。


 まだ、間に合う!


 ゴードンは王妃と王女に向かって全力で駆け出した。


 「王妃様ぁぁぁ!王女殿下ぁぁぁ!魔法を止めてくださいぃぃぃ!」


 ありったけの声で叫びながら突っ込んでいくゴードンの表情は必死そのものであり、幼い子供が見れば泣いてしまう程に怖くなっている。

 だが、二人はそんなゴードンに気が付かない。


 「まだ2歳なのにこんなに綺麗な魔力操作ができるのねぇ!これなら天候の操作もできるんじゃないかしらぁ!」

 「‥‥‥‥‥‥!」


 シェリアがサラッとこの状況以上に恐ろしいことを言っている。

 そしてアルシェリーナは相変わらず無言で一心に炎の柱を見つめ続けている。


 その様子に軽く絶望を感じながらも変わらぬスピードで走り続けるゴードン。

 もう少しで二人の元に辿り着くというタイミングで、空から飛来した何かがゴードンと二人の間に轟音と土煙を伴って着地した。


 そこでやっとシェリアが視線をアルシェリーナから外し、空から飛来したものーー筆頭宮廷魔術師の方に視線を向けた。


 「あらぁ、やっと来たのねぇ、レミア?」

 「ええ。ちょっと実験してたら遅くなっちゃったわ、シェリア」


 レミア・クロミス。

 女性としては高い部類に入る身長とスレンダーな体つきをし、アメジストのような色合いの髪を地面スレスレまで伸ばしている鋭い雰囲気を持つ美女だ。

 彼女はシェリアとは幼い頃より交流を持っておりいわゆる幼馴染という間柄であった。

 2人揃って類稀なる魔法の才を持っていたため気が合いまるで姉妹のような関係性を築いていた。

 それはお互いに王妃と筆頭宮廷魔術師という責任ある立場になった今責任ある立場になった今も変わっていない。


 「それにしてもこの『獄炎天柱』すごいわね。魔力が不安定になっている部分が一切ないし、この状態をそれなりの時間保っているのでしょう?」

 「ええ、そうなのよぉ!アルシェちゃんは私たち以上の魔法の才を持っているわぁ!」

 「それは確実ね。2歳でこれなんだから将来が楽しみね」

 「本当にそれよぉ!」


 2人揃ってアルシェリーナに目線を向けて楽しげに会話をしている光景はとても華やぐものである。

 だが、その光景を少し離れた所から見ているゴードンは少しずつ後退を始めていた。


 この後に起こりうるであろう災害の被害を受けないために。


 「ところでシェリア、一つ提案なんだけど‥‥‥‥」

 「何かしらぁ?」

 「私がこの子に魔法を教えるわ」

 「ダメよ」


 レミアの言葉にふんわりとした雰囲気を消してシェリアは即答した。

 2人の周りの空気がゆっくりと温度を下げていく。


 ゴードンはその顔に冷や汗を浮かべ、速度を上げて後退していく。

 使用人たちもその状況に気がつきゆっくりと城内に向かっていく。

 まるで腹を空かせた獣を前にしたかの如く。


 「あら、なんでダメなの?」

 「アルシェちゃんには私が魔法を教えるからよぉ」

 「でもあなた普段は王妃の仕事であまり時間が取れないでしょう?それに短い時間しか魔法を教われないなんてこの子が可哀想よ」

 「大丈夫よぉ。魔法で効率を上げて仕事をするから」

 「あなたの仕事は政治に関わることなのだから、そんなことをしてミスをしたらいけないでしょう?だから時間のある私が教えるわ」

 「そうねぇ。仕事に支障が出るのはいけないわねぇ。でも、あなたに任せるくらいだったら他の人に頼むわぁ」


 そこで少しの間無言の時間が生まれる。

 すでに中庭には誰もおらず、残っているのは睨み合う2人とアルシェリーナだけだ。


 「‥‥‥‥シェリア。あなたはいつまで経っても物分かりが悪い子ね」


 レミアの周りに無数の氷の槍が出現する。


 「そっくりそのままお返しするわぁ」

 

 シェリアの周りに無数の蒼い炎の槍が出現する。


 ここで一つ言っておくと今このような状況になっているのは2人の魔法に対する考え方の違いによるものだ。

 この世界では古くから魔法の極致に至るにはどうするべきかということが魔術師の間で議論されており、現在までに二つの考え方に絞られた。

 

 既存の魔法を極め、魔法の極致に至るという現魔論と、新たな魔法を作り出すことで魔法の極致に至るという新魔論だ。

 この二つの考え方はそれぞれ同じくらいの人数の魔術師が支持しており、常に争っている状態だ。


 そのため現魔論を支持するシェリアと、新魔論を支持するレミアはこういった将来有望な魔術師をどちらが育てるかという場面においてはそれまでの仲の良さが嘘かのような状態になる。


 そして、地獄を作り出すのだ。


 「力ずくで認めさせてあげるわ」

 「やれるものならやってみなさい〜」


 


 この日、尋常ではない破壊力を持つ魔法が飛び交った中庭は緑が一つ残らずなくなり、王城も中庭に面する部分は崩壊した。

 その報告に他国に訪問していた国王は怒りを通り越して悲しみに暮れたという‥‥‥‥。



 



 

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