家臣に恵まれた転生貴族の幸せな日常。/未来の出来事1

日和

第1話

「すまない、エリクスを見なかったか?」

「エリクス様ならば、65分前に食堂前廊下にてすれ違いましたと臣は報告します」

 館のメインホール付近で突然なされたお館様の質問に、そう返答しました。


 ヘッセリンク伯爵領軍所属。距離と補助魔法を専門分野とする水魔法使い。それが臣の身分となります。


「ならユミカはどうだ?」

「ユミカ様に最後にお会いしたのは、朝食時となります。有効回答から外れると判断、臣はこれ以上の詳細を省きます」


 それはそうだな、とつぶやいたあと、お館様はこう申されました。

「準緊急事態を宣言する。エリクスの詳細な居場所を報告せよ」

「エリクス様は現地点より、85.25の距離におります」


 準緊急事態とは、オーレナングの屋敷に危機が迫っている可能性がある場合に発せられる宣言です。字面は物々しいですが、情報収集フェイズを含むため、オーレナングの森の危険性も相まって割と気軽に出され、普段使いできるといろいろ問題がある各種行動が解禁されます。

 これよりもっと深刻だと判断されると緊急事態が宣言されますが、今のところ爵位持ちであるお館様かフィルミー様が行うよう定められています。


「ここからだと、屋敷の庭にいるのか森の中なのか判別できないな。もっと情報が欲しい」

「再測定。距離情報を89.44に更新。移動中と推定されますが、分析には試行回数が必要かと臣は愚考します」


 臣が頭の中で地図情報と照らし合わせるのとほぼ同じ速度で、お館様も情報を処理しています。狂人と呼ばれるお館様が、実際には理論立てた分析能力も高く、家来衆の方々も驚嘆させることが多いのだと折に触れて実感させられました。


「準緊急事態宣言下だが、方角の推定は可能か」

「巡回中のため、方位測定の呪具は所持しておりません。詰め所もしくは道具類の保管所へ移動する必要があると臣は回答します」


 このタイミングで、お館様が積極的に動かなければと勘を働かせる事態。臣は、それに少々心当たりがありました。ならば、次の手順は。

「緊急事態を宣言する。全ての情報に対する制限を解除。エリクスの現在の居場所をせよ」


「護国卿レックス・ヘッセリンク伯の立ち会いを確認。――――――なぜ必要だと思ったのか、お伺いしても宜しいでしょうかと臣は質問いたします」

「そういわれると、弱いな。ほとんど僕の勘なんだ」

「・・・・・・目標を、ヘッセリンク伯の勘の検証と設定しました。情報が不足しておりますので、持続時間は短くなると、臣は予め通告します」


 それと同時に、水魔法を発動。薄く広がった水はゆらゆらと揺れながらのぞき込んでいるお館様の顔を映していました。


「占術を緊急起動。ヘッセリンク伯の勘を検証するため、エリクスの居場所を求める」


 これが、臣の専門分野。水鏡に、あるいは水晶玉を使って人や物を探す、占術魔法と呼ばれるものです。

 この適正があると同業に知られると、「恋占いでもやってろ」と態度があからさまに変わることで有名で、実際にその通りになる場合も多いと言われています。


 臣も魔法を学ぶ過程でいくつもの論文を提出しましたが、題名だけ見てそのまま突き返される場合がほとんどであり、ずいぶんと悔しい思いをかさねてきました。

 そんな臣を拾い上げてくださったお館様には、感謝しかありません。


 そして目の前の水鏡は、不安定に明滅させながらも、人影を映し出しました。

「ずいぶん不安定だな。いつもはもっとはっきり映っていたと思うんだが」

「臣の術は、術式の使用に多数の制限を設けるリスクと引き換えに魔術精度を上げる仕組みが組み込まれているためです。今回は、緊急事態の宣言とお館様の承認という最小条件での起動ということ、更に起動時に術式が想定する情報不足による影響が大きいと臣は愚考します。恐れながら、お館様の魔力をお借りしても宜しいでしょうか?」

「そういえば、たしかに普段は複数人でやっていたな。これでいいかな?」


 そういってお館様から魔力が流し込まれると、不安定な明滅が収まり、薄暗いながらも人が歩いているのが確認できるようになり、思わず考え込んでしまいました。

 通常の魔法使いならば、何年も魔力を地道に封入して馴染ませた術具を使ってようやく実現するようなことを「えーいっ☆」でやってしまうお館様は、端的に言って頭がおかしいと臣は思います。

「術式の準安定を確認。さすがですお館様。調整を行いますので、少々お待ちいただければと臣は報告します」

「いや、急いだ方がいいと勘が告げていてね。場所の特定を手伝ってくれないか」


 映像は全体的に薄暗く、映っている人影もぼさぼさの金髪と服が茶色っぽいこと以外はどことなく曖昧なままでした。

「地面が整地されているので、森の中ではないでしょう。周囲に・・・他の人影もないと臣は報告します」

 時折視界の隅をなにかが横切るのですが、画像の暗さも相まってなんなのか判別できません。

 じりじりと時間が過ぎ、お館様からも強い焦りが感じられました。


「あっ、端に花壇が映りましたと臣は報告します」

「僕も見えた。南西の花壇のよう」

 その時、水鏡が激しく泡立ち始めました。

「占術の維持限界です。サブセットAは棄却されています。サブセットBは崩壊しました。サブセットCは精度が有効範囲より下回っています」

「いや、十分だ。ありがとう」

 そう言ってお館様はものすごい勢いで扉へ向けて走り出しました。

「エリクスーーー!!このタイミングでユミカの花壇とか絶対ダメだからなーーー!!」

 そんな叫び声を上げながら。

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