第7話 エストゥード王の嘆き

 なんということだ、エストゥードは終わりだ。


 頭が痛いのはこの事態を深刻にとらえていないのが、息子のヴァカロのほかにも国には大勢いるということだ。


 帝国の傘下に入ったのはヴァカロやホアナがまだ幼かった時だ。


 幸いにも自治は許されて、今までと変わらず領地運営ができる。


 帝国の脅威に脅えていた時の軍事費が浮いた分、逆に税を軽減でき民の暮らしが楽になったくらいだ。


 しかし、私はエストゥードという土地の独自の文化や歴史が帝国の傘下に入ったことで消えてゆくのを恐れ、子供らの家庭教師にはそれらをしっかり教えてくれる者を選んだ。


 一つ難を言うなら、その者たちはエストゥードの素晴らしさばかりを主張しすぎ、それを子供たちにすり込みすぎたということだ。


 姉のホアナの方は帝国貴族に嫁ぐと、エストゥードの『誇り』とやらはどこかに投げ捨ててしまったかのように、帝都の華やかさを賛美した。

 ただ、家庭教師の影響で傲慢な態度だけはそのまま残った。

 むしろ自分は格上の帝国貴族に嫁いだのだから、故郷の誰よりもえらい、と、身の丈に合わない驕り高ぶりだけが目立つようになってしまった。


 ヴァカロの方は、自分は帝都より歴史も文化も優れている地域の王太子、という自尊感情だけが無駄に高くなってしまった。


 家庭教師の連中め、余計なことしやがって。


 彼らの気持ちもわからんではない。


 軍事的な敗北から独立を亡くした国の民が、逆に文化や歴史の上で優れた点を数え上げ、そこにすがりつくのは無理もないと言える。


 しかしその感情を、帝都とこれから政治的にかかわりを持たねばならない、わが息子にまで移植するな!


 その心性のまま、婚約者としてやってきた公女のアレンディナ殿にまで、横柄な態度をとっているじゃないか。


 その態度は人としても違うだろう。

 私も妻も何度もヴァカロに注意したのだが……。


「父上も母上も帝国に対してへりくだりすぎです。わが国はそれよりも古い文化と歴史を持った一等国であり、それゆえ、帝国が頭を下げて公女をよこしたのですよ」


 確かに、アレンディナ殿の降嫁には帝都の政治的事情、そして、数十年前に帝都の傘下に入ったエストゥードへの気遣いが含まれているが……。


 だいたい、そこまでいうなら、もっとエストゥードの気候や特産物、民の生活を勉強しろ!

 いまだにエストゥード史も全部覚えていないくせに。


 アレンディナ公女はこちらにやってきて約半年で、それらをすべて覚えたのだぞ。


 私たちや家臣たちにも何度も質問し、エストゥードのことを知ろうとする公女には少なからず感銘を受けた。


 それに比べて我が息子は、収穫期の領地の視察も面倒がる始末。

 これは国王の仕事で、唯一民と触れ合える機会なのだぞ!

 跡継ぎのお前がしないでどうするのだ!


「わたくしが参ってもよろしいのですか? 初めての領地の視察、楽しみですわ」


 公女の方が私たちの負担を積極的に減らしてくれている、はあ……。


 その後、ホアナの来訪と公女に対する蛮行、さらには収穫祭のパーティでのあの常識はずれな婚約破棄宣言。


 その夜のうちにアレンディナ公女はエストゥードから姿を消した。


 私は冷や汗をかいたが、この意味を正確に理解していない者が、ヴァカロのほかにもここには大勢いたのだ。


「帝国公女も見かけ倒しでしたな」

「以外に根性がなかったというわけです」

「やはり最初に毅然とした態度を見せねばなりませぬからな」


 なに王太子の行動を賛美しているんだ。


 あんな場所で妙齢の女性に恥をかかせることをたたえるとは、お前らちょっとおかしいだろう。


 その後、帝国の動きを警戒したが何の音さたもなかった。


 例年通り、新年の帝国中の貴族や属領の王族が集まる新年の会合への招待状が届き、私たち夫婦とヴァカロは家臣団を連れて帝都を訪れ、娘ホアナが嫁いでいるフラティール公爵家に滞在した。


「アレンディナは実家か?」


 ヴァカロが姉ホアナに尋ねた。


「ええ、私が帝都中にあなたのあっぱれな行動と公女のみじめな姿は言いふらしてやっているから、表に出られないみたいね。お茶会やパーティにもちっとも顔を出さないわ」


「ほう、素直に詫びてこれから従順になると誓えば許してやらないこともないのにな」


「そうね、あなたたちが来ているのはわかっているのだから、ノヴィリエナ公爵家で償いのもてなしくらいすればいいのにね」


 私は自分の子供たち、ヴァカロとホアナの会話を聞いて深くため息をついた。


 こころなしか、ホアナの夫のフラティール公爵も顔色が悪いように見えたのだが……。

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