第55話 激昂する娘
「まあ東京だろうね」
和樹は電話口でそう返した。昼頃少し散歩して、戻ってさて昼寝でもしようかな、と思ったら電話がかかってきた。相手はエリーズだった。
エリーズは日本に連絡事務所を作れという命令を受けたとの事だが、彼女は生粋のパリジェンヌなので極東の事など全く知らない。そこで住むとしたらどこがいいのか?という相談をしてきたのである。
──トーキョー?ビーチはあるの?
コート・ダジュールでのバカンスを逃した彼女にとっては重要な事である。
「神奈川のほうまで行けばあるらしいよ」
和樹は東京住まいではないので良くは知らないが。
──待って、トーキョーってあれでしょ!?
エリーズはある事を思い出して声を高めた。
──オリンピックの海がウ〇コだらけって聞いた!
エリーズは偏見と絶望の悲鳴を上げた。いやまあなんというか。
「神奈川は東京から少し離れてるから」
和樹は半分は慰めるように、もう半分はどうでもいいようにそう言った。
パリジェンヌ、あるいは花の都パリなどと恰好つけるが、実はパリは歴史的に下水事情があまりよろしくない。ヴェルサイユ宮殿にトイレがなかったとは俗説だが、ハイヒールが糞尿を踏まないために考案された靴というのは有名な話である。そんな国に長年住んでて気にする事か、と思う和樹であった。
──こんな事になったのもパパのせいだからね!
エリーズは絶望が怒りに転嫁して和樹をなじった。
「おいおいそりゃないだろ」
和樹は呆れつつそう言った。が、
──パパがジャポンなんかに住むからよ!
二百年くらい前の事を今さら言われても困る。が、絶望と怒りに囚われた愛娘はもう何を言ってるのか判らないくらいの早口で和樹をなじりまくり、思いっきり電話を叩き切った。やれやれ、本当にアンヌとよく似た娘だ。
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