妹思いの兄と3人の年下男子

なかばの

第1話

疲れた…


ちょっと古びた木製ベンチに、木のささくれも気にせず、ドスン、とお尻から落ちる。足が一瞬宙にうく。狙ってなげやりに座ったわけでなく、ふっと意識がとんだのだ。

あっ…と思ったときには足から力が抜けて、たまたま後ろに重心がかかった。

ドスン、という衝撃はその音とともに驚くほど自分の意識をこちら側へ押し戻した。

視線が先ほどより低い位置にあることにぼんやりと気づく。


 ああ…一瞬、意識がとんだのか…


「にみ?…二美子ニミコさん? どうしたの?」

すぐ前に立っていただろうショートヘアの青年がこちらを振りかえる。色白の肌、さらさらの黒い髪、心配げな瞳は淀みのない黒色で、きれいだ。二美子はこの顔の主をよく知ってる。身体は細く痩せて見えるが、しっかりとした筋肉がついていることも知っている。

尚惟ショウイ、心配してくれてるの?ベンチが壊れたんじゃないかって?」

彼の顔を確認したあと、瞳を閉じてゆっくり息を整えるように言葉を発した。


 まだ視界が揺れてる…気持ち悪い…


けれど、知られたくなかった。

ちょっと皮肉めいた言葉を後悔したが、言い直す気力がない。

お腹が減って気分が悪いのか、とうとう身体が耐えられなくなってきたのか、判断ができない、その状態を尚惟に知られたくない。

彼は眉を潜め、近くに歩み寄ってくる。

「にみ」

私の名を呼ぶ声に反射的に瞼があく。

極めの細やかな肌が陽に当たってより美しく映る。


 そんな顔でこっちを見ないでほしいな…。

 恥ずかしくなる…


「調子悪そう、顔色がヤバい。ー壽生ジュキ!休憩いれよう!」

そういうと、30mほど先にいる茶髪少年に声をかける。身体の細さからは想像できない大きな声。その声はざわつく周囲の雑音をくぐり抜け、声を届けたい主にちゃんと届く。

「ええ!? 疲れたのか?」

声を受け取った主は178cmの身長、すらりとした体型、はっきりとした目鼻立ちと少し高音ボイスが目をひく。振り返ったその動作にも感嘆がもれる。動作がよい男だ。笑うと八重歯が可愛い。

いつも屈託のない笑顔を皆に振る舞ってくれる壽生。

前方に向けてざわざわと進む他の集団を少し口惜しそうに見つめるも、腹減ったな、と苦笑いし、食事休憩をとることになった。

輝礼アキラ!おい、輝礼!」

今度は壽生の少々高い声が少し前に進んでいたアッシュボブの少年に届く。壽生より少し身長は低くく、まあ、1~2センチ低い程度だろうか。要はあまり変わらない。肌は健康的に焼け、最近の子では珍しく、日焼け対策はあまり施されていない。ラフなTシャツも輝礼が着るとアグレッシブなテイストに。ストレートな髪質はまるっきり彼自身を投影しているようだ。

「おお、ちょうど俺も腹減ってた。そこに団子売ってる。買ってくるわ」

決断力もある。

輝礼の声は尚惟に届かなかったものの、休憩を受け入れてくれたと判断した彼は、私の横に座る。

「にみさん、疲れた?」

尚惟の声が優しい。

背中に背負っていたリュックをおろしてくれる。少し息がしやすくなる。思わず深く呼吸をしてしまった。

「コホッ……コッ……」

「え、大丈夫?」

胸元に手をあて、軽く息をして落ち着く。

「ごめんね。ダメだな~、運動能力がもともと…低くて、」


ちくっとする……


心情的に……?

いや、違う。これは物理的にだ。言葉が続きにくくなる。

尚惟はこういう言葉のつまりや変化に鋭い。

「何か、変だ」

「……」

「……にみさん?」


 まずい、これは痛みの予兆かも。


息を吐いて、何か言わなくちゃ。尚惟の顔を見て微笑まないと。顔を彼に向けようとする。揺らいでたピントがゆっくり合って、不意に視線がガッツリあった。


うわっ……きれい……


予想外の近い距離感にドキッとする。地球上の何よりも美しい気がする…。

「…好きだよ、尚惟」

ふと呟く。息を吐くように、力が抜けて声に張りがなかった。自分の声に泣きそうになる。視界が少し曇る。

「…え」

少し間が空いて、彼の表情が緩む。みるみる赤くなっていく尚惟。

「ずるい」

顔を隠すように右腕で鼻から下あたりを覆いながら輝礼の後を追っていく。


 もう、可愛いなあ…。愛しすぎる。


痛みが息をする度に大きくなっていくのを感じつつ、リュックを膝の上においてサイドポケットをあさる。茶色の薬ストッカーを開ける。

「…んっ」


ずくん……っ


まるで胸に穴が空いたようにすーっとミントの風が抜けてくような、集中して半径2センチほどの玉を心臓の上辺りに投げられたような、交互に繰り返し起こる事象。


 ショウ、ずるいって言ったな。


彼の赤くなった顔を思い出して、思わず嬉しくてほほえんでしまう。ぎゅってしたくなる顔してた。

と、それどころじゃないんだ、私。


ストッカーの薬飲まなきゃ。


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