第55話 お金が無いの! その6

 …………翌日、


「…………おかしい」


 私はノートパソコンを開きながら思わずつぶやいた。


 増えているはずのお金が……なぜだが減っている。


「なにがおかしいんだよ、サファイヤ」


 目の前でエルウッドさんが険しい目をして私を見ている。


「なっ……なんでもないです。なんでも」


 こんなところで痛くもない腹を探られて、『グランド デポ』での貴重な時間を潰している暇など私には無いのだ。(いや、本当は結構痛いんですけどね)


「ちょ……ちょっと、設定がうまくいかなかっただけですよ。ホント、ホント、ホント」


「本当なのか?」


 そう言うと、エルウッドさんはまるでベテランの刑事のようなプレッシャーを私にかけてくる。


「どうしたのかなぁ、なんか、ちょっとうまく設定が出来てなかったみたいです。あの、今からもう一度やり直すので、すいませんが、エルウッドさん、買い物リスト渡すので私の代わりにちょっと買い物してきてもらいませんか?集中して作業したいので」と早口で捲し立てる。


 ジロジロと私のことを鋭い目で観察するエルウッドさん。背中から脇の下から嫌な汗がじとーっと流れて来る。


 すると……「分かった」と言って買い物リストのメモ帳を私から受け取って立ち去って行った。


 はぁー……と思わずため息が出た。


 ここは『グランド デポ』の中の「サバンナコーヒー」。


 私は今日一日、『仮想通貨』を初めてまだ初日なので手続きの確認なんかいろいろあるから……と適当な理由を作ってお休みをもらったのだ。


 そうしたら、エルウッドさんが「じゃあ、今日は一日みんなも休みな」とパーティーのお休みを宣言して、「俺も今日は暇だから」と言ってまた私について来たのだ。正直、今日はついてきて欲しくはなかったのだが……


 私はパソコンの中の数字を見て今日何度目かのため息をつく。


 減っている……数字が軒並み下がっている。


 どうやらこちらの世界でも、北のプー公がいろいろやらかして、株から為替から軒並み大暴落をしているのだ。


 あちらでもこちらでも、どうして北の奴らは私達の邪魔ばっかするんだよ、ガッテム!!


 正直に言うと、昨日のスタート時から仮想通貨も小豆も1/3以上目減りしている。このままではあっという間に資金がパンクしちゃう。どーしよー。


 でもでも、この本にも書いてあった『弱気は損気』って、こういう時こそ逆張りの倍プッシュよサファイヤ。だってあなたには神のご加護があるじゃない(多分)……


 というわけで、私は仮想通貨のアプリの設定画面にある『レバレッジ』の数字を2倍にする。つまりどういうことかと言うと、儲けも2倍になる代わりに損失も2倍になるという諸刃の剣。でも、大丈夫よ、サファイヤ。だってあなたには神のご加護があるじゃない(2度目)。


 多分明日の今頃は、『億り人』の階段を着実に登っている!!(はずよ)


「おいっ!!」


「ひゃぁぁぁぁぁああ!!」


「何をそんなに驚いている、サファイヤ」と目の前には両手いっぱいに荷物を持ったエルウッドさん。


「あっ、いや、その、だって、そんなにいきなり声を掛けられちゃ、誰だって驚きますって!!」


「いや、ずいぶん前から声を掛けてたけど、大丈夫かお前、さっきからブツブツ独り言いってたけど……」


 ……うそっ!!ヤバイヤバイヤバイ、こういう時こそ冷静沈着よサファイヤ。「慌てる乞食は貰いが少ない」ってこの本にも書いてあるじゃない。


「そう、ごくろうさま、エルウッドさん。よろしかったら、今日のお勧めの『キリマンジャロ』でもいかが?」と昔取った杵柄ではないが、元令嬢だった頃のおハイソな立ち振る舞いを演じる私。大丈夫、まだ試合終了の笛は鳴ってない。


「いや、さっき飲んだばっかだし大丈夫だ」とにべもないエルウッドさん。相変わらず全てを見透かしたような達観した目で私を見る。怖い、怖い、怖い。


「あっ、そう。あっ、お買い物ご苦労様です。えーっと、頼んでおいた奴は……」


「ああ、とりあえず、このメモ帳に書いてあるものは全部買っておいた。他に何か買うものはあるのか?」


 そう言って、どっかりと私の前の席に座るエルウッドさん。


 やばい、やばい、やばい、下手に、今の残高見せて見ろとか言われたらなんて言い訳したらいいか分からない。


 ここは、さっさと、秘密基地に帰ってWi-Fi圏外に逃げなければ。


 あっちの世界に行けば、電波が通じないとか適当な事言ってごまかせられる。とにかく、今日一日何とかしのぎ切って、明日に勝負を持ち越すのよサファイヤ。ファイト。


「じゃっ、じゃあ、用事も済んだからもう帰りましょうか?エルウッドさん」


 すると……「いつも、時間ギリギリまでいるのに、今日は妙に早いんだなサファイヤ」と相変わらず瞬き一つしない目でジーっと私のことを見つめるエルウッドさん。


 なんで、エルウッドさんに見つめられるだけでこんなにも冷や汗をかかなければならないのだろう。


 そして、「大丈夫なのか、サファイヤ?」と最近口癖のように言っているエルウッドさん。


「だっ、だっ、大丈夫です!!」


 私は自分自身に言い聞かせるように言い切った。

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