第2話 居酒屋「グッドルーザー」にて
ここは、ユーラシア大陸の南東にある王国ユーレシア……のさらに東のどん詰まり、リャオトン半島の突端にある港町のリョージュ。
私が住んでいたシキンという城下町から徒歩で三日、お馬さんなら1日程の距離にある。
そしてこの町に3年ほど前から「204高地」という小高いお山にダンジョンが発生して地下からモンスターが出現するようになってしまったのだ。
当初、この国の王様は、国防軍を使って対応していたのだが、それを知った隣の国のローレシアが国境でちょっかいを出すようになり、困った王様はローレシアとの国境沿いには国防軍を、そして204高地のモンスター討伐には民間のモンスターハンターを雇うことにしたのだ。
すると、当然のように一獲千金を求めてこのリョージュという港町に国中から腕自慢の荒くれ者が集まって来た。
つまりエルウッドさんのパーティーもそのうちの一つ。これまで、エルウッドさん達は南のコピ砂漠やモルガル高地でモンスター討伐をしていたのだが、いかんせん、そのモンスターに合うこと自体なかなか無いのだ。
酷い時には、一カ月もの間、周囲を彷徨ってモンスター一匹だった時もあったらしい。そうなるととんでもない赤字になるらしいんですよ。まあ、そう考えるとモンスターハンターのパーティーってのは漁師さんみたいなものなのかな?
そんな感じでエルウッドさん達は国中を旅しながらある時はモンスター討伐、またある時は町の便利屋さんみたいなことをしていたのだが、ここにきてダンジョン「204高地」が発生したことにより事情が大きく変わったのだ。
なんせ、ダンジョンに入ればすぐさまモンスターに遭遇できるのだ。しかもフロアを下がるごとにモンスターのレベルが上がっていくらしく、モンスター討伐には大変都合がいいんだってさ。
まあ、そりゃそうだよね。
ダンジョンに入った途端にラスボスがいたり、苦労して最下層まで降りていったのにスライムしかいなかったらたまったもんじゃない。
本来ならダンジョンにおけるモンスター討伐は国の大切な財源の一つなので、そうそう民間のモンスターハンターに解放されることなどないのだが、この非常時のお陰で、エルウッドさん曰く「一獲千金の大チャンス」が到来したらしいのだ。
そんな感じで我がパーティーは『月・月・火・水・木・金・金』と一切休日の無い、どこぞのブラックな海軍のようなスケジュールになっているのだ。
つまり、とってもこの「リョージュ204高地」のダンジョンは極めてタイパの良い仕事場なんですって。よう知らんけど。
「ったくもー、悪役令嬢だかなんだか知んねーけどさー、給料分くらいはしっかり働いてもらいたいんだよ、この役立たずが」
エルウッドさんはぶつぶつ文句を言いながら骨付きの鶏もも肉にかぶりつく。
ちなみにこの人がうちのパーティーのリーダー、レオン・エルウッドさん。
ぱっと見、三十歳前後の黒髪の黒魔法使い。
ギョロ目の大きい目ん玉と大きな声が特徴のうちのチームの頼れるリーダー。
トレードマークの赤いバンダナがイケていると勘違いしているモラハラ大魔王。
火炎魔法が得意なせいか、返り火を防ぐために冬でも夏でも黒い革ジャンと革のパンツを履いている。
ところでエルウッドさん、その革ジャン最後に洗ったの何時ですか?
「まあ、まあ、そう言いなさんな、サファイヤちゃんが最初に気が付かなかったら、エルウッド、お前、足じゃなくって喉笛嚙みちぎられてたかもしれないんだから」
ベイルさんはそうフォローを入れてくれるともう1本の骨付きもも肉にかぶりつく。
ちなみにこの人がベイル・ビンセントさん。うちのチームの肉弾戦担当。
ごっつい体とでっかいハートの持ち主です。得意な攻撃はメリケンサックとかスレッジハンマー。まぁぶん殴ることが大得意。鉄板入りの皮のベストから飛び出た二の腕が今日もとっても逞しい。
その上、短く刈り込んだモヒカンスタイルのヘアがモンスターだけでなく周囲の人達をも圧倒しております。
一度でいいからエルウッドさんの事ぶん殴ってくんないかな。
「しかし、今日のモンスターはやばかったね。アンデット系のクセして僕たちが来るまで岩場に隠れてたからね。普通アンデッド系ってもっと頭悪くなかったっけ?」
そういうとノエルさんは二匹目の鳥の丸焼きの骨付きもも肉を美味しそうにかぶりつく。
この人はノエル・ランカスター。おじい様が高名なエルフだったらしい。茶色い髪ととんがった耳が特徴のクォーターエルフ。そして百発百中の弓矢の腕の持ち主。我がチームの遠距離攻撃担当です。
どうやらエルウッドさんとは幼馴染らしいのですが、ぱっと見二十歳で年が十歳くらい若く見える。エルウッドさんとは弟と言うか年の離れた従弟とか親戚みたいに見える。やっぱエルフの血が入っていると若く見えるんだなー。うらやましい。
「しかし、本日、あのフロアまで進めたパーティーは私達だけだったらしいですよ。これも御仏の思し召しです」
そう言って深々と首(こうべ)を垂れると、「そしてこれも思し召しですね」と最後の残りの一本の骨付きのもも肉を美味しそうに食べ始めるナジームさん。
この人は、ナジーム・アラ・サフィン・ルーズベルト。僧侶さん。私が来るまでのこのチームのディフェンス担当だった人。『リターン』とか『エスケープ』とかの移動魔法を唱えられるのがこの人しかいないので、今では戦闘中は主に岩場の影に身を隠しております。彫の深い顔に長髪のプラチナブロンド。ぱっと見どこぞの貴族の方って感じですがれっきとした僧侶さん。医学に関してもけっこう詳しいんですって。
ところで、私の分の骨付きもも肉はどこにあるんですか?
すると……「おいっ、ナジーム」とエルウッドさん。
「なんですか、エルウッド?」と上品なしぐさで骨付きのもも肉を食べるナジームさん。
「おめー、坊主のクセして、肉食うのかよ?」とエルウッドさん。
「はい、私の宗派は特に禁じている食べ物はありませんからね。生きとし生けるもの全てが御仏の前には平等なのですよ」と有難い教えを説くナジームさん。なんだか後光が差して見える。
「この生臭(なまぐさ)坊主が」そう言うと、私だけではなく仲間にも分け隔てなく毒を吐くエルウッドさん。
人によって態度を変えることは無いというエルウッドさんのそのスタンスは、私にとって数少ない尊敬できる点(?)である。
仲間内で一通り話が終わる頃を見計らいながら、「えーっと、私の食べるところって……」と注文した二匹の鳥の丸焼きを見ながらみんなに尋ねる。
気まずそうに私から目をそらすパーティーのみんな。
けど、エルウッドさんだけは全く気にする様子もなく「オメーは手羽先でも食ってろ」と手元にあった鳥の丸焼きから手羽先をむしり取ると私のお皿に放り投げた。
「手羽先もおいしいですよね」
ナジームさんのフォローが悲しい。
私は若干水分が飛んでカリカリになった手羽先を口に含む。ああ、骨付きのもも肉が食べたかったなー。
…………30分後、茹でたジャガイモと鶏の丸焼きをあらかた食べ終え、お腹を満たした私達は、いつものようにお酒を飲みながらの反省会を居酒屋「グッドルーザー」の片隅でやり始めた。ちなみに私はノンアルコールの2番煎じの紅茶です。とほほ。
「ってか、オメーはいつになったら『ハイラー』(中級回復魔法)覚えるんだよ。この似非(エセ)魔法使いが!!」とアルコールが入り幾分口の悪さが増したエルウッドさんが私に絡んでくる。
「はい、すいません。一応頑張ってはいるんですが、なかなかレベルアップしないのです」と私は毎度毎度の同じ弁解をする。
「結局あの後医者に行って傷口を消毒しなおして、破傷風と狂犬病の血清を打ったんだからよ、やってらんねーよ。ったく」そう言ってぶどう酒をあおるエルウッドさん。
「まあ、そういいなさんなって、うちのパーティーにサファイヤちゃんがやって来ていろいろ助かってるだろ、洗濯とか掃除とか書類の申請とか」そう言ってベイルさんにフォローを入れてくれるベイルさん。なんかいつもいつもすみません。
「そうだよ、エルウッド。別にハイラー使えなくたって、ヒーラーと薬草とポーションでどうにかなるだろう」とノエルさん。
「どうにかならなかったから言ってんだよ。なんだよ、あのヒーラーとかいうやつ。あんなんなら、消毒液塗った方がまだましだ」と幾分目が座り始めたエルウッドさん。怖い、怖い。
「いやー、流石にそりゃ、言いすぎだろ、エルウッド。おりゃー、サファイヤちゃんのヒーラーで結構助かってるぞ」とベイルさん。
いいぞ、もっと言え。
「そりゃ、オメーがHP使って攻撃する戦士だからだろーがよ。おりゃーMP使ってなんぼの黒魔法使いだぞ。別にHP満タンになったからって攻撃力が上がる訳でもねー。そんなんなら、魔法唱えている間、防御系の魔法でしっかりガードしてもらいたいもんだよな。サファイヤちゃんよ」
「……はい、すいません」
「伝説の魔法使いの血筋を引く家柄だかなんだか知らねーけど、今のオメーはそこら辺の家政婦に毛の生えたようなもんなんだよ。こちとら命張って金稼いでんだよ。金をよ」そう言って親指と人差し指でお金のサインを作るエルウッドさん。もしもし、下品ですよ、そのハンドサイン。
「……はい、すいません」
「ったく、悪役令嬢だかなんだか知んねーけどよ、国をおっ放りだされて、野垂れ死にしそうなところを拾ってやったんだよ。ちっとはその恩に報いるくらいの働きがあってもいいもんだけどな」といつものように説教が始まる『居酒屋グッドルーザー』での反省会。あーあー、とっても紅茶がまずいです。
やれやれと言った感じのノエルさんにベイルさんにナジームさん。
「ってか、サファイヤちゃんさー、ご実家、結構なお家柄って聞くけれど、一体何やって勘当されたの?」と興味津々のノエルさん。
「悪役令嬢とか言われてたくらいなんだから、どーせ、性悪なことしてたんだろうよ、これだから金持ちの家に生まれた奴は信用ならねーんだよ」といつの間にかラッパ飲みでワインを飲み始めるエルウッドさん。こうなると長いんだよなー。
「でも、サファイヤちゃん、うちのパーティーに来てから悪役令嬢なんて雰囲気、これっぽっちもねーんだけれどなー。気が利くし、よく働くし、みんなにも評判いいし」とベイルさん。
なんかどうもすいません。いつもフォローしていただいて。後でベイルさんのスレッジハンマー磨いておきますね。
「おらぁー少しくらい性格悪くってもいいから、もうちっと戦力になってくれた方がありがたいんだけどなー。悪役令嬢とか言われてたくらいだから、えげつない攻撃魔法の一つくらい出来るのかと思ったら、ヒーラー一つ満足に使えやしない。こっちだってボランティアで雇っている訳じゃねーんだよ。しっかりとギャラ払ってんだからよー、その分働いてもらわなーやってらんねーんだよ。ねーちゃん、ワイン、もう一本!!」
「エルウッド、飲み過ぎは体に障りますって、明日もダンジョンに入るんですから、もうそれくらいにしときましょうよ」とナジームさん。
「ってか、オメーは坊主のクセしてなんで一緒に酒まで飲んでんだよ、この似非(エセ)坊主がっ!!」
「まあ、わたくしの宗派は別にお酒も禁じてませんから」そういって美味しそうにワインを嗜むナジームさん。
あーあー、ナジームさんにまで矛先が向かってしまった。
こりゃ、そろそろ、今夜の反省会もお開きかしら。
ってか、お酒オッケーな宗派のお坊さんって私もナジームさんが初めてなんですけれど、本当にお坊さんなのですか?髪型も全然坊主じゃないし。
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