第52話 side:ゲルト3
水清めの神殿に、クラウス・フォン・アーレントが現れたとき、ゲルトは心臓が止まるかと思った。
(まさか、これは)
ゲルトとして生き始めてすぐに、この世界が壮介時代にお気に入りだったRPG「リントヴルム・サーガ」の世界観とまるで同じだということは理解していた。
だから、この世のどこか、時代は上るか下るかわからないが、確実に壮介の好きだった勇者やその仲間たちが過去に生きたか、現在生を受けているか、この先、生まれるのか——するだろうと思っていた。
だが、目の前に黒髪黒瞳の貴族然とした背の高いいけ好かない男が現れたとき、壮大な勘違いに思い当たったのだ。
(これは「リンサガ」じゃない。これは乙女ゲームの方だ!)
おそらく真実であろうそれに思い当たったとき、ゲルトはクラウスを警戒した。
クラウスという登場人物は、「聖女の恋は前途多難~リントヴルム・サーガ~」の主役三人のうち、〈水清めの聖女〉を選んだ場合に付随する攻略対象キャラクターで、それはどう考えても、リアの恋愛対象者として現れた男だったのだ。
そのとき、電撃が走ったようにもうひとつ思い出したのは、自分の存在だ。
ゲルト・ルンゲ。聖女の幼馴染にして、聖騎士の称号を得た青年。
(そうだ、俺自身も攻略対象者じゃないか!)
クラウスが現れた今、間違いなく水清めの聖女の物語が始まってしまっていると気づいたゲルトは、リアを搔っ攫いかねないクラウスを目の敵にした。
そして、物語の序盤で起こるイベント、アンナ・バーレによる聖女職の略奪。
リアがクラウスと共に行くことを選べば、自動的にゲルトは物語から排除されるはずだった。だが、
——ゲルトも連れて行きます。
リアは凛とした佇まいでそう言った。
その瞬間、ゲルトの知る物語とは進む道を異にした。
ゲームでは、クラウスの屋敷に行く道を選べば、クラウス攻略ルート。ゲルトと共に逃げれる道を選べば、ゲルト攻略ルートに突入する。
とはいっても、そこで確実にクラウス、ゲルトを選ぶわけではなく、それぞれのストーリーに進むことで、また別の攻略対象キャラクターが出てくるという仕様だった。
だが、クラウスを選べばゲルトは姿を消し、ゲルトを選べばクラウスは退場する。 それは厳然たる事実だったはずだ。
ところが、リアはこの二択から逸れた道を選んだ。
ゲームのストーリーから外れた選択肢を作り出したのだ。
これにはゲルトも動揺した。
自分の知る物語から離れていく現実に。
(この先が読めない。どうすればリアを俺のものにできる?)
何をすれば、リアは俺を選ぶ?
ゲルトの頭には常にその考えが渦巻いていた。
壮介が〈水清めの聖女〉でプレイしたのは、クラウスルートだけだ。
その知識を少しでも役立てることができるだろうか。
リアを他の誰のものにもしないために。
リアを自分の傍から決して離さないように。
(リアは絶対誰にも渡さない)
強く決意し、ゲルトはモルゲーン屋敷で目を光らせ、リアを守り続けた。
ゲルトが、ディアナの肖像画を気にかけていたのも、母親の絵をきっかけにしてクラウスとリアの仲が親密になることを知っていたからだ。だが、いくら気を付けていても、このイベントを回避することはできなかった。
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