第41話 森の小屋

「リア‼ リア‼」


 呼ぶ声がして、リアは重い瞼をなんとか開く。

 膜の掛ったような視界に、ゲルトの顔があった。

 蜂蜜色の髪先から水を滴らせ、深緑色の瞳がひどく揺れている。


「ゲ、ルト……」


 リアが声を発すると、ゲルトは目を見開いて、それから強くリアを抱き締めた。

 どうやら、ゲルトの腕に抱きかかえられるように寝ていたらしい。

 視線を巡らせると、そこか室内のようだった。

 けれど、見慣れた場所ではない。

 灯りがあるらしく暗くても多少見通せるが、いたるところが痛んでいる。


「どこ……?」


「小屋だよ」


「小屋……」


 小屋といえば、ゲルトも小屋に閉じ込められたことがあったけと思い、リアは頭が次第にはっきりしてくるのを感じた。改めて見回すとそこは、以前ゲルトの閉じ込められた部屋そのものだった。


「リア、服を乾かそう。脱げるか?」


 ゲルトはリアから身を放すと、リアの顔を覗き込む。


「え?」


「着替えはないが、毛布はある。あと、そこの炉に火を入れたから、毛布にくるまって温まってくれ」


 言われてみれば、頭から足の先までびしょ濡れだ。

 肌に張り付く布は気持ち悪いし、靴の中も水浸し。

 ゲルトを見れば、彼も同様で、全身濡れていた。

 蜂蜜色の髪はぺたりとしていて、額や頬に張り付いている。


「ゲルトもずぶ濡れだね」


「俺のことはいいから」


 ゲルトは眉を寄せてから、リアの服に手を伸ばした。

 胸の前で結んだローブの紐を解くと、ずっしりと重くなったローブを引きはがし、床に丸めておいた。真っ白な寝衣の胸元には、ラピスラズリの首飾りが下がっていた。それを見て、目を細めてから、ゲルトはリアの寝衣のボタンにも手を掛ける。


「待って、ゲルト。それは自分でやるから!」


 慌てて言って、リアはボタンごと濡れた寝衣を握り締めると、逃げるように暗い隅に移動し、ゲルトに背を向け、屈みこんでボタンをはずしにかかる。

 胸がドキドキしていた。


 さすがに世話焼きのゲルトと言えど、ボタンに手を掛けたことはない。

 ましてや脱がそうとするなんてことは今まで一度もなかった。


 背後に気配を感じたかと思うと、ぽふっとリアの脇に毛布が置かれた。

 ボタンのはずれかけた寝衣を掻き合わせ、肩越しに振り向くと、ゲルトは既に背を向けて座り込んでいる。


「脱いだら椅子の背に掛けておいてくれ」


 見られたくないリアの気持ちを汲んで背中を向けてくれているらしい。


「あ、ありがとう」


 リアはおずおずと言って、素早く寝衣を脱ぐと、さっと毛布を被った。

 下着も濡れているが、真っ裸になるのは抵抗がある。

 リアが脱いだ寝衣を暖炉傍に置かれた椅子の背に掛けようと立ち上がると、ゲルトも上半身だけは脱いで、暖炉の火に当たっていた。

 見たことがないわけではないが、鍛え上げられた見事な肉体に、リアはどきりとして、息を呑む。

 

 リアはゲルトから目を逸らし、ぎこちなく寝衣を干してから、ゲルトから少し距離を置いた位置におずおずと腰を下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る