第40話 side:壮介4  

 その日、壮介は大吾の家に向かっていた。

 手には響子に高校受験の合格祝いに買ったホールのケーキを携えて。

 一度でいいからホールのケーキに齧りついてみたいと冗談とも本気ともつかないことを響子が言っているのを聞いたことがあったので、是非ともやってみてほしかったのだ。

 ケーキを一口、口に運び、至福そうに笑う彼女の姿を思い浮かべ壮介は頬を緩める。


 背負ったリュックには小さな箱が入っている。

 銀色の包装紙に包まれ、紫のリボンをかけたそれは、もうひとつのお祝い品だ。

 卵型をしたラピスラズリのネックレス。


『ラピスラズリって綺麗ですよね。邪気を払って、幸運を運んでくれるって』


 以前、あるアニメ映画を観てから、響子は天然石に興味を持ったらしく、お小遣いをやりくりして、天然石を集めていた。

 その中でも、ラピスラズリに惹かれたらしく、響子はあの青い石をえらく気に入っていた。

 だから、壮介は響子のお小遣いではきっと手の届かないであろう大粒の石のついたペンダントを選んだ。

 

 響子もついに高校生になる。

 大学生と高校生ならば、付き合うことにさほど障害はないだろう。

 まだ告白するには早いとも思うが、響子が新しい学校で、新たな出会いを迎える前に、思いを伝えたい。

 

 今のところ響子には恋人はいないらしいし、彼女の口から兄の以外の異性の名前は出てこない。


 響子の家まであと少しというところだった。


 信号がついている意味もないような車通りの少ない横断歩道前に、響子の姿を見つけた。

 切り揃えた髪を風で揺らし、肩からは可愛らしい黄緑色の鞄を掛けている。

 赤信号なので、車通りがなくとも律儀に待っているのだ。


(響子ちゃんだ!) 


 壮介は自然と笑みを浮かべ、響子に向かって小走りで駆け出した。

 だが、あと少しのところで信号が青に切り替わり、響子はすぐに一歩足を踏み出した。早足で横断歩道の中央に差し掛かった時のことだった。


 一台の真っ赤なスポーツカーが信じられない速度で近づいてきた。


「嘘だろっ⁉」


 壮介は目を見開き、ケーキの入った箱を投げ捨て、加速なく一気に走り出す。

 響子は歩道の真ん中で固まっていた。


(間に合え! 間に合わせるんだっ‼)


 壮介は響子のもとに飛び込むようにして駆け寄って、その腕を取り、すかさず胸の中に抱き込んだ。体全体で響子を庇うように。


 そして、体が飛んだ。

 あまりの衝撃に、腕の中の響子を放してしまった。

 ふたりは地面に叩きつけられ、向かい合うように落ちていた。


 もう何も考えられなかった。

 どこが痛むかとか、そんなことすらわらないほど、全身が自分ではなくなったような気がしていた。


 辛うじて開いた目には、響子の姿が映る。

 彼女の頭の下からじわじわと鮮血が流れ出ている。


(響子ちゃん……)


 声が出ているのか、口が動いているのかすらわからなかった。

 既に何の感覚もない。


(好きだよ。ずっと。これからだって。永遠に)


 涙が流れたような気がした。

 響子の焦点の合わない目が、壮介を見ている。


(君だけを、想い続けるから)


 響子にずっと伝えたかった想いを素直に吐露してから、壮介は事切れた。

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