第28話 クラウスの本命
主人不在の数日間はあっという間に過ぎた。
どこか落ち着きのないコリンナに朝の身支度を手伝ってもらいながら、その挙動を不思議に思っていると、当の専属侍女から「クラウス様が真夜中に戻られまして」と早口で告げられた。
「夜中に?」
「ええ。ひどく泥酔なさっていて、今は自室でお休みになられているのですが、その……お供の女性がいなかったんです」
興奮しているのか鼻息荒く捲し立てるコリンナに、
「それは、コリンナたちにとっては僥倖よね?」
外出の度に我儘な女性を連れてくると憤っていたコリンナからすれば、誰も来なかったことは願ってもない幸いに違いない。
コリンナは勢いよく立ち上がり、リアの前に回り込むと、その両手を包み込むように握り、ずいっと顔を寄せ、リアの瞳を覗き込む。
「そうなんです! そうなんですけれど! これはある意味一大事ではないかと!」
コリンナの顔が目の前に迫り、リアは仰け反りながら、先を促す。
「クラウス様はついに本気の相手を見つけてしまったんですよ、リア様!」
「ほ、本気の?」
「そうです!」
「そ、それは一体どなたなの?」
別に知りたいわけではなかったが、コリンナの輝かんばかりの瞳に負けて、つい聞いてしまう。
コリンナはリアの手をぎゅうと握り、上下にぶんぶん振った。
それから、隠しきれないにやけ顔をリアに向けた。
「どうしましょう⁉ クラウス様は明らかに劣勢です! だって、リア様にはゲルト様がいらっしゃるんですもの! それに、今までの女癖を考えれば、清らかなリア様には絶対ふさわしい男性とは言えないですし、いくらお仕えする身とはいえ、私たちは一途なゲルト様を推しますわ! 何と言っても、幼馴染で、リア様だけの聖騎士で。まだ少年っぽいところもありますけれど、逞しくて凛々しいですもの。リア様と並ぶと絵になります。クラウス様だと、天使と悪魔という感じですし」
一気に捲し立てると、コリンナははっとしてから頬を朱に染め、リアの手を放す。
「も、申し訳ありません! さっきまで、みんなと盛り上がっていたものですから。つい」
リアは目を瞬かせ、顔を赤くして恥じらうコリンナを眺めた。
勢いよく流れ出た言葉に、理解が追いつかず、しばし呆然としてしまう。
「えっと、つまり……」
上擦った声でなんとかそうリアが絞り出すと、コリンナは気を取り直したように顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。はしばみ色の瞳が異様に輝いている。
何だか嫌な予感がした。
「クラウス様はリア様に本気の恋をしてしまったのです。そうに違いありませんわ」
断定するコリンナの瞳を見ていたらふいに眩暈がして、数歩よろけた。
(冗談にしては悪趣味すぎるよ、コリンナ)
慌ててコリンナが伸ばした腕に支えられながら、リアは額に手を当て、乾いた笑いを漏らした。
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