第19話 闇夜の聖騎士

「何をしている」


 地を震わすような怒気を含んだ声が部屋に響いた。

 クラウスは気だるげに顔を上げ、上体を起こすと、不機嫌そうな眼差しを声の主に向ける。


「他人の共寝を邪魔するとは無粋なことをするもんだ」


 寝台に刺された剣を一瞥してから、荒いため息をつき、厭そうに体勢を変え、リアの足元に腰を下ろす。片膝を立て、そこに腕を乗せ、掌に顎を付けながら、既にリアを抱え込んだゲルトをつまらなそうに見据える。


「リアはお前のものにはならない」


 深緑色の瞳は怒りで燃えていた。

 ゲルトの腕の中で、リアはその顔を見上げている。


(ゲルト……)


 助けに来てくれたという喜びの反面、現状はかなりまずいと焦りが生まれる。

 ゲルトは怒りで我を忘れると、何をしでかすかわからない。

 ことにリアの関わることでは。


「じゃあ、誰のものだ?」


「リアは誰のものでもない。そもそもものじゃない」


「お前のものでもないと?」


「当たり前だ!」


 吐き捨てるようにゲルトは言い放ち、リアを抱く腕に力を込めると、ゲルトは寝台に刺したままの剣を柄に手を伸ばした。


「ゲルト! ダメ‼」


 リアは何度も首を振って、それを止める。

 このままでは、クラウスに剣を向けてもおかしくはない。

 だが、ゲルトにはリアの声が届かないようで、剣はさっと引き抜かれ、すぐさまクラウスの鼻先に突き付けられる。


「これ以上、リアに近づけば、お前の命はない!」


「お前は何か勘違いしているようだ」


 そのとき、どたどたと廊下を駆ける幾人かの足音が聞こえてきた。


「何事です⁉」


 開いた扉から、燭台を持った使用人たちが慌ただしく入って来る。

 最初は目が慣れなかった彼らも、寝台に対峙するゲルトとクラウスの姿を認めると、さっと空気を変えた。


「クラウス様!」


クラウスは慌てふためく使用人たちをちらりと見ることなく、ふっと頬を緩めた。


「お前は愚かだな、元聖騎士。ここは、俺の縄張りだ」


 クラウスは向けられた鋭利な刃に怯むことなく立ち上がり、さっと寝台を飛び降りる。


「そいつを捕まえろ。しばらく閉じ込めておけ」


 わずかに乱れた衣服を直すことなく、クラウスは使用人たちに指示すると、部屋を後にした。

 クラウスに頭を下げた後、使用人の一人がこわごわと燭台を掲げ、寝台に近寄って来る。

 

そのときには、既にゲルトの怒りは収まり、剣は柄に収められていたが、それでもリアを抱え込む腕の力はわずかばかりも緩まない。


「ゲルト様、申し訳ありません。クラウス様の命令です。一緒に来ていただけますか?」


「無理だ。リアを置いてどこにも行けない」


「し、しかし……」


 頑として引かないゲルトに、使用人は焦ったように言い募る。


「リア様⁉」


 そこへ飛び込んできたのは、コリンナだった。

 いつも見るお仕着せ姿ではなく、白い寝衣に身を包んで、栗色の髪も縛りもせずそのままだ。息を切らしながら、寝台によると、コリンナは使用人の問うような眼差しを向ける。


 使用人がどもりつつも言葉少なながら説明すると、コリンナは眉を寄せながらも、ゲルトをまっすぐ見つめた。


「私がリア様と一緒におります。どうか、命令に背かないで。背けば、もっと酷い目に遭います」


「ゲルト」


 リアが見上げると、ゲルトは小さく息を吐き、リアを腕から解放した。


「それでは、頼みます」


 肩を竦め、ゲルトは寝台を下り、びくびくする使用人の後について、部屋を出て行こうとした。


「ゲルト! 私……」


 何か言わなくてはと口を開くが、言葉に詰まる。ゲルトは立ち止まると、肩越しに振り返り、安心させるような優しい微笑みを浮かべた。


「リアが無事で良かった」


 ゲルトの姿が消えると、リアは脱力し、寝台にへたり込む。

 コリンナがすかさずリアの背中に手を当て、優しく撫でてくれる。


「三日もすれば戻ってきます。だから、大丈夫です」



 だが、三日経っても、ゲルトは戻ってこなかった。


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