第17話 不吉な夜

 モルゲーン屋敷に来てからというもの、不思議なことにクラウスと顔を合わせたのは数えるほどしかない。それも、大きな卓の端と端に腰掛けた晩餐と、廊下で擦れ違う時くらい。言葉も簡単な挨拶を交わすだけで、これといって会話という会話がなかった。


(何のために連れてきたの?)


 神殿での高圧的な態度と、傲慢で冷酷そうな態度から、着いて早々酷い目に遭うのではないかと身構えていたリアとしては拍子抜けだった。もちろん何かあってほしいなどとは一欠片も思っていない。けれど、この静けさが返って不気味で、リアはクラウスの姿を見掛けるたび、その様子をつぶさに観察し、首を捻っている。

 

 ゲルトとしても同じようだったが、それでも警戒を怠らず、クラウスに対する敵意を隠そうとはしなかった。常にリアの傍に立ち、何かあればすかさず動く気でいるようだった。


 道楽息子だと聞いていただけに、遊び歩いているのかと思えばそうでもなく、基本的には執務室に籠っている時間が多い。コリンナにそれとなく聞けば、一応仕事をしているらしいとは言っていたが、そうすると毎日真面目に領地や領民に向き合う、模範的な領主の息子ということになってしまう。彼に対していだいた第一印象と、それに続く一連の経緯、そして侍女たちの噂話から完成した、クラウス・フォン・アーレントという人物像とはどうしても合致せず、リアは混乱し始めていた。


(もしかして、私が思っているような悪い人ではないのかな……)


 自分の評価が間違っていたのかもしれない。

 もし、クラウスが実は良い人間で、リアをモルゲーン屋敷に連れてきたのには深海よりも深い事情があり、何かしらの危機を回避するためにとった善なる行為だとしたら——リアは考え方や態度を改める必要がある。


 リアがそう考え始めた矢先、事件は起こったのだ。

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