第7話 本当に力ある者
暴れ出しそうだったゲルトを目で制し、リアは先に立って歩き出した。
クラウスの気配を背中に感じながら。
祈りの間は、聖女や神官が神に祈る神聖な場所だ。
天井近くに作られたいくつもの窓から白い光がまっすぐ差し込むが、全体的には薄暗い。
何本もの支柱を両脇に、一本の幅の広い通路がある。
床には、千年前の勇者と魔王の物語をモチーフにしたモザイク画が描かれており、そこを踏みしめる度、厳かな気持ちになる。
最奥の祭壇まで行くのは躊躇われ、リアは祈りの間の中心辺りで足を止めた。
「これは見事ですね。美しい」
辺りを悠然と眺めながら、クラウスが感嘆の声を上げる。
心底そう思っているとは思えないが、その声音に嫌味はない。
「俺は美しいものが好きなんですよ」
いくらか砕けた調子で言うと、彼は歩みを進め、リアより前に出る。祭壇まで踏み込みそうな気がして、リアは声を掛けた。
「あの、お話とは何でしょう?」
ぴたりと動きを止めたクラウスは、振り返る。
「ああ、そうでしたね」
片方の口角をぐっと持ち上げ、両腕を大仰な仕草で開いた。
自信に満ちた、王者の風格すら感じさせる態度に、リアは怯みそうになる。
無意識に一歩下がる。
「実は、アンナ嬢に泣きつかれましてね」
「?」
「自分には素晴らしいほどの水清めの力があるのに、聖女選定の日に、体調を崩してここに来ることが叶わなかったと」
「そうなのですか……」
確かに、聖女選定の儀式はたった一日ではある。
だが、もし能力の高い者がいれば、考慮されることになっているのだ。
アンナは、神官に能力が高い者とは判断されなかったということだ。
「それで、神官長に掛け合いました。了承も得ています」
「え……了承を?」
一体どういうことだろう。
小首を傾げていると、クラウスは笑みを濃くして、リアに向かって歩いてくる。後退したい気持ちを抑え、足に力を入れた。クラウスはすぐ目の前で止まった。手を伸ばせば、容易に届いてしまう距離。彼の息遣いがかかる気さえする。
「そうですよ。彼女の力があなたより強ければ、聖女を交代してくださると」
「なっ……⁉」
「だが、聖女殿の力は並の聖女の物ではないと聞き及んでいます。ですので、交代ということにはならないでしょう」
言いながら、クラウスは衣服の隠しから、真っ黒な石を取り出した。
オニキスのようなその丸い磨かれた石は、大きな彼の掌の上でころりと転がる。
「これは……?」
「あなたの力を見せていただけませんか? この石は、水清めの力によって色を変えるという特別な石だそうです。俺の姪っ子がこの石を欲しがるんですが、水清めの力で浄化してからでないとあぶなかっしくてね。どうでしょう? やっていただけますか?」
「姪っ子さんが?」
「ええ、可愛い盛りなんですよ」
にこやかに微笑まれ、リアは視線を外す。
(どうしよう……)
水清めの力は、水清めの儀のための力だ。
少なくとも、ヴェルタの聖女にとっては。
だから、その力を無闇に使うことに抵抗がある。
だが、クラウスは力を見せてくれと言った。
おそらく、この石を浄化できるか否かでリアの聖女としての資質を問おうとしているんのだ。
(それに、姪っ子さんが欲しがっているのなら……)
やってみればいいのかもしれない。この石を浄化するくらい、大した力ではないはずだ。
リアはおそるおそる黒い石に手を伸ばす。
「手をかざせばいいらしいです」
言われた通り、手をかざす。
「《——水を統べるヴァシアの神よ、ここに在るものを浄化し、清らかなるものへお戻し下さい》」
囁くように詠唱すれば、掌から温かな光が溢れ出す。
そして、さーっと氷が解けるように、黒光りしていた石は、透明度の高い水晶に変わった。
「おお……」
ため息を漏らすクラウスの手から、リアは自分の手を引いた。
わずかに疲労感があるが、無事浄化できたようで安堵する。
「さすがですね、聖女殿」
クラウスは透明な石を再び隠しに仕舞い、眉を上げおどけるように笑ったあと、小さく息をつく。
「素晴らしいお手並みでした。本当に力ある者こそが、ヴェルタの聖女にふさわしい。あなたこそがヴェルタの聖女ですよ」
クラウスは口元に微笑みを湛え、ふらつきそうになるリアをまっすぐ見下ろしていた。
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