とりあえず着替えたりする話
「いやー、すごいねマッシュ」
マッシュの掘った穴を抜けて、牢屋があった洞窟からある程度離れたところで、マヤはマッシュを撫でていた。
「いや、私も驚いている。それからいい加減撫でるのをやめろ」
「あいたっ! 何も噛むことないじゃーん。褒めてるのにさあ」
かぷっ、とマッシュに甘噛みされたマヤは諦めて手を引っ込めた。
「それで、なんでマッシュまで驚いてるの?」
「簡単な話だ。そもそも私にあんな力はなかったからだ。そもそも、あんなことができるなら、さっさと脱出しているだろう?」
マッシュが後ろ足で立ち上がって前足をピコピコ動かしながら話す姿は、相変わらずかわいい以外のなにものでもないが、あの前足で、ついさっき見るからに岩の牢屋の地面をぶち抜いているのだから、人(うさぎ?)は見かけによらないものだ。
「そりゃそうだ。それじゃあなんでさっきはできたのさ」
「うむ、これを話すと長くなるだろう。なにせ、マヤはこの世界のことがさっぱりわかっていないようだからな」
相変わらず表情はよくわからないマヤだが、現在進行系でうさぎに呆れられていることだけはわかった。
「まーそーだけどさー。そんな言い方ないじゃん?」
マヤはわざとらしく頬を膨らませてみせる。
男がやると気持ち悪いだけだが、今のマヤは女の子なのでこれくらいは許されるだろう、たぶん。
「別にばかにしたつもりはないぞ? ただ今はそれよりもやることがあるというだけだ」
「やることって?」
「そのふしだらな服を着替えることだ、この痴女」
「ふしだら!? 痴女!? 言うに事欠いてなんてこと言うんだこのクソうさぎ!」
マヤとしてはドスの利いた声を出したつもりだったが、出てきたのは可愛らしい声だけだった。
やっぱり声優さんってすごいんだな、なんてどうでもいいことを思ったくらいである。
「……言葉遣いが戻っているぞ?」
「あっ、すまん、じゃなくて、ごめんなさい」
「うむ、まあ私も言い過ぎた。でもな、今のお前の格好は相当にだらしないというか、うんやっぱりふしだらだ」
マッシュに言われてマヤは改めて自分の服装を見てみる。
異世界?に転送して性別ごと体まで変えたくせに、服はそのまま男物のパジャマだった。
結果、身長も下がったせいで丈はダボダボ、胸元は大きく開いて谷間が覗いている。
「あー、うん、まあ確かにね」
自分の身体に自分の見慣れたパジャマだったためあまりわからなかったが、総じていわゆる彼シャツ的なエロさのある格好だった。
「わかったか」
「わかった。でも、服なんてどうするの?」
「それは私に任せておけ」
マッシュはそう言って胸を張ったのだった。
***
「まさかマッシュが銀行口座を持ってるなんて」
街につくなり銀行に行くと言ったマッシュについていき、窓口で謎の石に前足をかざして身分の確認をしてお金をおろした後、二人は服屋に向かっていた。
「そもそもマッシュって名前すらなかったじゃん。どうやって銀行口座なんて作ったのさ」
まさかあの銀行員も匂いで識別できるクチなんだろうか。
「私が魔石に前足をおいていたのを見ただろう?」
「あー、あの謎の石か」
「それだ。あれで魔力を確認するのだ。魔力は個人に固有のものだからな。それで識別できる、っと、そこの角を曲がってすぐの店が服屋だ」
マヤに抱っこされているマッシュが、前足を右の曲がり角に向ける。
街なかでマッシュと歩くと、人に踏まれそうになって時間がかかるためマヤが抱っこしているのだ。
「おー、なかなか大きいんだね」
ちょっとしたお屋敷くらいの大きさの服屋に、マヤは感嘆の声を漏らす。
「ここは装備も売っているからな、よし入るぞ」
マッシュはマヤの腕から飛び降りると、一人でさっさと入ってしまった。
マヤもその後に続く。
「いらっしゃいませ~。まあ、可愛いお客さん。さあさこちらに」
(服屋は異世界でも一緒かあ、苦手だなあ)
明るい笑顔に明るい声でグイグイ服を勧めてくるアパレル店員は、マヤの苦手な人物の一人だ。
とはいえ、男のファッションもおぼつかなかったマヤが、女の子の服などわかるはずもないので、今回に限れば助かるかもしれない。
「店員、こいつに服を見繕ってやってくれ」
マッシュの声に、店員は視線を下に向ける。
マッシュを見止めると、顔を輝かせた。
「まあ、可愛いうさぎさん! ちょっと撫でてもいいですか!?」
「おいこら、もう撫でているではないか! やめっ……こらっ!」
「えー、ちょっとくらい撫でさせてくれてもいいじゃないですかー。まあいいや、じゃあお嬢さん、こちらに」
息を切らして店員を警戒しているマッシュをおいて、マヤは店員に連れられて店の奥に進む。
試着室と思われるところに入ったマヤは、そこにあった大きな鏡で、初めて自分の全身を正面から確認した。
後ろにいる店員より二回りほど小柄な体躯、華奢な手足にくびれた腰と大きな胸とおしりを見ると女の体なんだと実感する。
目鼻立ちの整った顔は、クリっとした蒼緑の瞳が特徴的だった。
おしりのすぐ上まで伸びている髪は白銀に輝いている。
「お客さんはもとが可愛いから、シンプルな服装がいいと思いますよ、これなんかどうです?」
それからしばらくきせかえ人形となったマヤは、数時間後ようやく決まった服に身を包みぐったりとして店をあとにしたのだった。
***
フリルのついたブラウスに、膝丈の濃紺のスカート、膝下までの黒いブーツに、長い髪を三編みにして、ブラウスの上からマントをはおったマヤは、マッシュを抱っこして街を歩いていた。
「もう服屋は行きたくなーい」
「同感だ、あの店員め、帰り際にも好き放題撫でやがって」
着せ替え人形にされたマヤと、撫で回されたマッシュ、理由は違えど二人の意見は一致していた。
「で、マヤ、お前はこれからどうするつもりだ?」
「うーん、どうしよう? 元の世界に帰ろうにも、なんの心当たりもないしなあ。マッシュは?」
「私は家族を取り戻すために、また貴族のところに行くつもりだ」
「そういえばそんなこと言ってたっけ? じゃあ私もマッシュについていこうかな」
「いいのか?」
「いいよ、だってそうしないとマッシュまた捕まっちゃうでしょ?」
ちょっと街を見ただけだが、この世界はまだ貴族が力を持っている世界のようだ。
ざっくり言えば、貴族が力を持っているが、金のある商人もそこそこ力を持っている、そんな感じだろうか。
「うぐっ、それは……」
「また正面から行くんでしょ? 今度は脱獄分の罪も加えてうさぎ鍋かな?」
マヤの言葉に、マッシュは体をぶるっと震わせる。
「よし、じゃあそういうことだから一緒に行こう。改めてよろしくね、マッシュ」
「仕方ない、私もうさぎ鍋はごめんだからな」
マヤはマッシュの前足をつまんで握手する。
モフモフの前足を触って、あまりにも気持ちよかったため、マヤがマッシュを撫で回してしまい、たいそう怒られたのは、また別のお話。
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