白銀の英雄 ヨーゼル・ドレア ───出来損ないの英雄でも、世界を救う───
@girlboy
英雄は故郷へ
Prologue-1 出会い
ヨーゼルには記憶が無い。
季節は極寒の冬。東の大国であるルディウス共和国の最北端にある地方都市ボレアの病院で白い髪の少年が目を覚ました。目を覚ましてすぐに見える白い天井を不思議に思いながら、少年はベットから体を起こす。
その病室には少年しかおらず窓を叩きつける吹雪の音だけが響いていた。
ここはどこだろう、と。少年が吹雪のせいで景色が見えなくなった窓の外を眺めていると病室の扉が開いた。少年のいる病室の中に、赤い髪を後ろでひとまとめにした長身の女性が入って来る。
その女性は少年が起きていることに気が付くと急いで少年に駆け寄った。
「ヨーゼル、大丈夫か!?」
女性の呼びかけに少年は首を傾げた。ヨーゼル、という名前に聞き覚えがなかったからだ。もしかして、この部屋には他にも誰かいるのだろうかと辺りを見回すが少年と女性以外には誰もいない。
そうして、少年はヨーゼルという名前が自分のものであることと自分の記憶が無くなっていることを知ったのだ。
★★★
目を覚ましてからヨーゼルはその病院で様々な検査を受けた。ヨーゼルには何の意味があることか理解できなかったが、とにかく長い検査にヨーゼルは疲れてしまう。
だが、結局そこまでしても医者にはヨーゼルが記憶を失くしてしまった理由が分からなかった。おそらく長い間極寒の環境に置かれ続けたせいで記憶障害が起きている可能性がある、と医者は説明してくれたのだが幼いヨーゼルにはその話の意味が理解できなかった。
「さて、どうしたものかな……」
最後の検査が終わったヨーゼルの隣で、赤い髪の女性───マリー・ドレアは頭を抱えていた。
「ヨーゼル、お前は本当に親の顔はおろか年齢も名前も覚えていないんだな?」
「はい、おぼえていません」
何度も聞かれた質問だったので、ヨーゼルは戸惑うことなく答えた。ヨーゼルには病院で目が覚めるまでの記憶が無い。ヨーゼルはマリーから「雪山で1人倒れていたのを見つけて病院まで連れて来た」と聞かされたのだが、やはりその前の記憶が無い。服はボロボロで身元が分かるものを持っていなかったヨーゼルは現状、天涯孤独の身であった。
『どうしてそんなところに自分はいたのだろう』『お父さんとお母さんはどこにいるのだろう』とヨーゼルの頭にはいくつか疑問が浮かんだ。しかし、記憶を無くしてしまったせいなのか。ヨーゼルにとってはそれらがどうでもいいことに思えてしまう。
すぐにそんなことを気にしていたことすら忘れてしまった。
「うん、やっぱりそうするか」
マリーが決意したようにそう言った。ヨーゼルはマリーの顔を見上げる。切れ長の目にキリッとした表情、竹のように伸びた背筋が綺麗なその人は、ヨーゼルの頭を優しそうな顔で撫でてくれた。
「ヨーゼル、お前さえよければだが。私と一緒に来ないか?」
「はい」
何故、どこに、何をしに。そんな言葉が出るよりも早くヨーゼルは頷いていた。
他に頼る相手もいないから、というのが理由の一つだ。しかし、それよりも自分の頭に置かれた手が溶けてしまいそうなほど暖かったのが一番の理由だった。
★
「私の故郷に行かないか?」
そんなマリーの提案に頷いたことで、2人は南へと向かった。ルディウス共和国の南の方にある田舎地方のトリステンが2人の目的地だ。そこにはマリーがかつて暮らしていた街と孤児院がある、というのをヨーゼルはマリー本人から聞いた。
ヨーゼルはトリステンに向かう道中で多くの物を見た。記憶の無いヨーゼルにとってそれらは全ては新鮮で輝いて見えた。盛んに賑わう市場に、路地裏に潜むカツアゲ上等の小悪党。地面を走る列車に、食事に使う木のスプーンまで。初めて見るものは少年ヨーゼルの心を躍らせた。
「あれは何ですか?」
そう言って見るもの全てを指差して聞いてくるヨーゼルにマリーの笑みがこぼれる。最初は無表情だったヨーゼルが無邪気に笑うから、マリーは飽きることなく全てを丁寧に答えた。そんなことが続いたせいかマリーはヨーゼルから「先生」と呼ばれるようになった。
トリステンに近付くほどにヨーゼルは知性を感じさせる話し方をするようになり聞いてくる質問の内容も難しくなっていく。あるとき、ヨーゼルはマリーにこんな質問をした。
「先生、家とはなんですか?」
「いきなりどうした? そんな質問をしてきて」
「さっき街の子供たちが家に帰る、と言ってただの建物に入っていきました。家、とは建物のことですか? それとももっと特別なものなのでしょうか。僕には家が無いので分からないのです」
「そうだな……」
難しい質問だな、と思いつつマリーは考える。自分にとって『家』とはどんなものであるのかをマリーは思い出す。
「その人間にとって一番安心できる場所を『家』と呼ぶのかもしれない。お前が見た子供にとっては家族が住まうその場所が一番安心できる場所だから、『家』と呼んだのだと私は思うぞ」
「なるほど……」
ヨーゼルは不思議そうな顔をした。
「私の説明ではピンと来なかったか?」
「いえ、そういうことではないです」
ヨーゼルはマリーの手を握った。
「僕は先生と一緒にいるときが一番安心します。でも、先生は僕の両親ではないですし建物でもないので『家』と思っていいのか分からなくて」
「……そうか」
マリーは驚いたような表情で固まっていたが、すぐに表情を和やわらげてヨーゼルの頭を撫でた。そして、膝を折って小さなヨーゼルと視線を合わせるとぎこちない笑顔でヨーゼルと目を合わせて口を開く。
なあ、と。呼びかける声は震えていた。
「ヨーゼル、私はお前の母親になりたい。なってもいいか?」
「はい」
またしてもヨーゼルは即答した。記憶の無いヨーゼルにとって母親がどういうものか分からない。ただ、この人と一緒にいられるならそんなことはどうでもいいとヨーゼルには思えた。
ヨーゼルが頷くのを見て、マリーは涙を浮かべながら笑っていた。そのままマリーはヨーゼルの頭を包み込むように抱きしめた。
「じゃあ今から私はお前の母親で、お前は私の息子だ。命に代えても守ってやる」
優しく抱きしめてくれるマリーの腕の中で、ヨーゼルは先ほどのマリーの表情を思い出した。いつもキリリとした表情をするマリーには珍しい、今にも泣きだしそうな顔だった。その表情を以前にも一度だけヨーゼルは見たことがある。
『ヨーゼル、大丈夫か!?』
記憶を失ったヨーゼルが最初に見た人の顔。マリーの心底安心したようなそのときの表情が目の前の泣きそうな顔がなんとなく似ている気がした。そんなことを考えたとき、ヨーゼルはあることに気が付いた。
「(どうして先生は僕の名を知っていたのだろう)」
記憶が無いのでヨーゼル自身も自分の名前が分からなかった。おまけにヨーゼルの身元が分かるものも何一つなかったのだ。だというのに、マリーはヨーゼルの顔を見た瞬間にその名を呼んだ。
この人は何か隠している、と。ヨーゼルは直感した。隠していないにしろ話していないことがあるのは間違いない。だが、別にそれでもいいかとヨーゼルは思った。そう思ってしまうほどヨーゼルは既にマリーのことが好きだった。
この日、一組の親子が誕生した。この二人は、後の世にて歴史に名を残す。
マリー・ドレアは世界に轟く武術家として、また英雄の母として。
そして、ヨーゼル・ドレアは世界を救った英雄として。彼の冒険譚はその手記を元に作られた映画として、テレビドラマとして、小説として、童話として。人の世が滅びるまで語り継がれることとなる。
彼と同じ時代を生きた人間は、彼の特徴的な髪色を称えてこう呼んだ。
───白銀の英雄、と。
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